2019年01月24日

意志決定支援に感じる気持ち悪さについて(4−最終回)(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)

意志決定支援に感じる気持ち悪さについて(4−最終回)
(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)


「意思決定支援」を暴走させないために
 副作用の告知はぜひ実現してほしいと思うのですが、根本的な解決というわけではありません。ガイドラインがそのままであったとしても、その効力を無効化するような根本的な行動についてまとめてみます。
 僕は人の暮らしについて、すべてを一つのものに委ねてしまうべきではないと考えています。その点では日本の現行の憲法を、完璧ではないにしても素晴らしいと思っています。これまでも指摘してきたことですが、政府や行政の介入すべきこととして生存権と基本的人権が書かれ、政府ができる限りの介入を避けるべきものとして個人の幸福追求権が書かれている。この二つのバランスの中で、僕ら日本人は最低限度の文化的な生活という安心感を持ちながら、自由に自分の幸福を追求できているわけです。
 僕はこのバランスは障害者と呼ばれてしまう人たちにも、日本人である以上は保障されなければならないと考えています。政府や行政が生存権と基本的人権の保障をサボっていたなら、彼らは虐待や権利侵害、差別を受け続けることになるでしょう。日々の生活に対しての社会福祉がおざなりなレベルに終始していたなら、生命にも関わるような危機的状況が生まれてしまいかねません。ですからその現実的なレベルと内容に対して納得はしていないのですが、障害者用の権利擁護も虐待防止も差別解消もそして総合支援法も、僕は現状での必要性を認めています。心配なのは、障害者と呼ばれてしまう人たちにが、それらだけに管理されている、バランスの悪い世界に隔離されることなのです。この隔離が意味するものは、当然のことながら空間的な隔離には限りません。むしろわかりにくく狡猾な、同じ街の中に暮らしながら存在する隔離の不気味さと危険の方を強く意識しているのだと理解してください。
 そこで彼らを「障害者」という生存権と基本的人権の名の下に隔離された世界に閉じ込めないために、そこから逃げ出させるためにどうしたらよいのか。僕はその答えを政府や行政に求めるべきではないと考えます。なぜならばバランスのもう一方であるところの幸福追求権については、政府がどれだけ関わらないかが重要なのですから。障害者と呼ばれてしまう人たちの幸福の追求について付き合うのは、僕ら個人としての市民一人ひとりなのだと考えます。

 現状をふまえて、僕が理想としているのは次のような状態です。
 まず第一に、すべての障害者と呼ばれてしまう人たちが、この社会の中で障害者用ではない暮らしを生きていること。そのためには何らかの助けが必要となるのでしょうが、それは政府による制度やサービスであってはなりません。僕らが一般的に友人や知人のピンチを救う場合と同様に、人間の力によるものであるべきです。一人で暮らせない人がいたなら、生まれた家の家族でもいいし、友人知人でも、新しい家族でもかまいません。何らかの縁ある人が助ければいいです。それが幸福追求権の保障であり、それは社会で暮らす僕ら一人ひとりによってなされるべきものです。できる限りの政府と制度の介入無しに。
 そしてそれが何らかの理由で困難な場合に、政府が介入する時がやってきます。生存権と基本的人権の保障がそれです。基礎構造改革以降の日本ではこの順序が逆になっていて、制度の充実ばかりが先走ってしまいました。その結果、幼いころから、人によっては誕生時からすでに「障害者」というコップの中に入れられて制度によって暮らすようになりました。周りにいるのは家族を別にするなら、「障害者」というコップに閉じ込められた仲間たちと、時折覗き込んでくる支援者や先生と呼ばれるような人たちばかり。僕は順序が逆になっていると書きましたが、実際にはこうした状況になってしまうと、幸福追求権を保障する人の力はおよそ望めません。制度を使うまでもないことは沢山あるにもかかわらず、誰も「僕たち一緒に暮らそうぜ」とは言わないのです。人の力が先にあった場合には、それで解決困難な時に制度の利用という道筋は描けます。しかし制度が先になった場合、人の力で解決できることがあったとしてもコップの中に手を差し伸べる人はなかなかでてこないのです。
 こうした状況下で行われる「意志決定支援」が、僕らのあたりまえの意思決定とまったく異なっていることは明らかです。彼らがコップの中に閉じ込められている限り、彼らは保留する自由も許されず、生きるために福祉サービスを選ばされ続けるのです。品行方正に、厳格に、支援者さんたちの顔色をうかがいながら。そしていつか、「生きるために」という文字さえ失われ、ただただ福祉サービスを利用するための「意志決定」を繰り返し続ける日常に追い込まれていく。福祉サービスという手法が経済的に社会に組み込まれ、サービスを受ける人たちは「障害者」というコップの中。僕らの大切な人たちが、福祉サービスという機械を動かすための燃料として、「障害者」というコップから適宜消費されていく世の中が、僕はもうはじまっていると思っています。その障害者を消費する最後のピースが、障害者自身によってなされたことにする「意志決定支援」の正体だと考えます。
 もうお分かりのことと思います。明確にいうなら、こうした意志決定支援の気持ち悪さについて、その責任は制度設計側にはないのです。政府が生存権と基本的人権を保障するために障害者用の諸制度を作ることは正しいし、それを使う仕組みとして本人による意思決定を重視することも間違っていません。本人が判断困難な場合への対応も含めて「意思決定支援」と読んでいることへの胡散臭さは残るとしても、全体としては政府は日本の国の政府としてやるべきことをやっているだけなのです。問題なのは、それに全てを委ねてしまおうという僕ら一般の人々の姿勢なのです。政府に委ねる前に僕らにはもっと沢山できることがあるはずなのです。
 はっきりと言っておきます。僕は津久井やまゆり園での事件の後、多くの善良な声が「園を解体して別の園やグループホームへの移行」を唱えていたことに、気持ち悪さを感じています。それは歴史の中で、かつてアメリカ大陸で黒人が奴隷として差別されていた時代を思い起こさせます。同じような事件が起きたなら、きっと善良な白人たちは「なんてかわいそうなの。あの大きな奴隷の収容所を閉鎖して、小さな奴隷小屋を与えましょう!」。その声と、まったく同じ響で、僕には聴こえてきたのです。大きなコップから小さなコップに移しかえることは、本質的な問題の何も解決させません。現在の善良な支援者と、昔のアメリカ大陸にいたであろう善良な白人と、同じことを言っているのです。「幸せでいてくれ。でも俺の側にはくるな!」
 津久井やまゆり園というコップからグループホームというコップに移しかえて悦に入るのではなく、コップの中に手を伸ばし「僕の家においで。一緒に暮らさないか」という、人間としてあたりまえの暮らしへのベクトルが生まれてこないことが、件の「意思決定支援」を気持ち悪い危険なものにしているのです。「幸せでいてくれ。でも俺の側にはくるな!」と思う善良な人たちには奇想天外に聴こえるかもしれませんが、裕子さんや弓子さんと一緒に暮らしているととてもリアルに感じるのです。
 政府による福祉サービスの制度だけでは、障害者と呼ばれてしまう人たちは生殺与奪権を握られた管理システム「障害者」に閉じ込められてしまいます。逆に人の力だけしかなければ幸福追求の自由を謳歌する間もなく生存を脅かされるのでしょう。それは政府が極端に介入をしない社会であり、80年代の日本を思い出させます。福祉事務所の窓口であたりまえのように吐き出されていた科白「あなたが産んだ子でしょ」。
 政府による制度の福祉サービスと、人の力による「一緒に暮らそうぜ」が両立する社会の実現が、障害者用の「意思決定支援」の残酷さを無効化させる方法なのだと、僕は考えています。

 最後にもう一つ。ガイドラインはこの「意思決定支援」が関与する対象を「事業者の職員が行う支援の行為及び仕組み」としています。しかし未来永劫において、そこにとどまるのでしょうか。僕は楽観視してはいません。日本の政府が舵取りを誤って、経済が危機的になった時や、外交上危険な状態に直面したような時に、コップを洗面所に持っていかないとは、どうしても思えないのです。直接の支援の法律ではなくても、たとえば「ネオ優生保護法」や「尊厳死法」のようなものが作られた時に、政府が洗面台に持って行ったコップを見下ろしながらこう迫ってくる気がしてならないのです。「君達はちゃんと判断をくだせるよね。意思決定をしなさい」と。その瞬間、それまでの意思決定の日々は、この問いかけに答えるための予行練習だったことに僕らは気付かされるのでしょう。でも、その時では遅いのです。支援者の顔色を窺って答えることに慣れてしまった人は「わたしは喜んで不妊手術を受けます」とか「僕は喜んでガス室に入ります」と答えてしまうかもしれません。あるいは「嫌だ!」と答える人がいたとしても、「そうか、君はちゃんと判断をくだすことが困難な人なんだね」と判断されて、望まぬ未来への意思決定をしたことにされてしまうのです。
 僕らの大切な人たちに、非人間的な品行方正に過ぎる意思決定をさせ続けてはいけない。しかし、それは政府の責任ではない。それを防ぐことができるのは、僕ら一人ひとりなのでしょう。「僕たち、一緒に暮らそうぜ」と手を差し伸べれば、一人では保留できなかった人が、僕らとなら一緒に意思決定を立ち止まったり、のんびりしたり、時にはダラダラだってできてしまうのです。
 僕は裕子さんの行き当たりばったりな暮らし方や、弓子さんから日々発せられる「どうしようかな」が山積みになっていく日常を、とっても人間的に感じています。
 「意志決定支援」が、これまでのような思考停止した、本人不在の祭にならないことを祈っています。

(了)

意志決定支援に感じる気持ち悪さについて(3)(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)

意志決定支援に感じる気持ち悪さについて(3)
(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)

意思決定に必要な情報として「副作用」を伝えるべき
 そんな「意思決定支援」ですが、この気持ち悪さを少しでも緩和することはできないのでしょうか。僕は誰かがその人の意志決定を助けること自体を否定しているわけではありません。ただそのガイドラインに強い違和感を感じるのです。しかし僕の思いなどとは関係なく、ガイドラインは実行されていくのでしょう。ですからガイドラインは変えられないものとして、現場で実際に意思決定支援に関わる人たちにお願いしたいことがあります。それは、選択肢を提起する時にかならず行ってほしい、その選択がもたらす副作用の告知です。
 ガイドラインには、「リスク」という表現や「メリット・デメリット」などの言葉が見られます。副作用は、そうした中にふくまれるのかもしれませんが、多くの場合副作用の告知に限ってはされていないように思われます。たとえば医療の場面を考えてみてください。通常僕らは病院にいって薬を処方された時に副作用についての説明も受けます。それは湿疹が出ることがあるとか、腹痛を起こすことがある、など、その薬によってひき起こされる健康上のリスクです。副作用そのものは悪いものだけではなく良いものもあるのでしょうが、それは今は考えないこととします。考えなければならないのは、医療分野においては健康のために飲む薬が逆に健康を害する可能性を持っていることがちゃんと説明されているのに、障害福祉の制度利用の場合にはそれがほとんどされていない点です。
 あるいは「このサービスを利用すると、実費負担が掛かりますよ」というような説明をもって副作用を説明していると考える人もいるかもしれませんが、それはリスクの説明であって副作用ではありません。病院でも「この薬は保険が聞かないから実費が掛かります」と教えてくれる場合があると思いますが、それをその薬の副作用だとは言わないのと同じことです。
 福祉サービスにおける副作用の告知は、たとえばこういうことだと考えます。
 「あなたはグループホームに入らず、一般的な日本人として普通の生活をするために、今暮らしている家で暮らし続けたいと考えていますね。だとしたなら居宅支援のサービスを使うことをお薦めします。ただし、これを使い続けて依存度が高くなると、隣近所の人など福祉サービス関係者以外の人たちとの関わりが少なくなってしまいます。場合によっては朝から晩まで福祉サービスの職員や相談支援のスタッフなどとしか顔を合わせない生活になるかもしれません。それはあなたが求めている一般的な日本人の普通の生活ではなく、一般的な日本の障害者の普通の生活という別のものです」
 こうした説明こそが副作用の告知だと、僕は考えています。健康のために飲む薬が、その目的に反して健康を害する場合があること。それと同様になにかしらの目的のために選択する福祉サービスが、目的に反する状態を生んでしまう可能性があること。これが副作用であり、こうした情報の提供無しに「意志決定支援」を行うことは、僕は暴挙にほかならないと思います。
 以前、厚生労働省というところの専門官という人に会った時に、障害者向けの権利擁護などの施策や支援法のサービスなどについて、副作用の情報提供やそのための副作用情報収集をしているのか、質問したことがあります。その人は、とっても怪訝な顔をして「考えたこともない」と言っていました。
 ですから制度設計側にその責任としての副作用の情報収集と提示を求めることは諦めて、僕は直接「意志決定支援」に関わる人たちに、とりわけ何らかの形で支援計画を作ったり、相談支援っぽいことをしている人たちに期待をしています。
 どうぞ「意志決定支援」を実際に行う人たちの中で心のある人たちは、グループをつくってでもいいし、ネットワーキングでもかまいません。みなさんが関わったり組み立てたりしたサービスが本人の目的と反する状態を生んでしまったような、つまり副作用が生じた情報を集めてみてください。そしてそれを集め続け、整理し続け、薬の処方箋に必ず書かれる副作用のように情報発信をしてほしいのです。
 このことには二つの意味があります。一つは本人の意思決定時における適切な情報提供を行うためです。これは本来最低限必要なことであると同時に、本人の意思決定をより良く助けることに繋がるでしょう。そして二つ目に福祉サービスを少しでも本人の手に引き寄せるためです。副作用が分かれば、それによってより適切なサービスの組み合わせが可能になります。今のサービス提供は、風邪の症状がある患者にやみくもに風邪薬を処方しているようなものではないでしょうか。副作用が分かれば、それぞれの症状により合った薬の選択や、分量の調整が可能になっていくはずです。福祉サービスについてその支援計画を作成するような現場で、「このサービスだと実費が掛かります」みたいにお金のことしか言えない支援員がいたりしますが、本当に馬鹿じゃないのかと思います。もしくはプロとして恥ずかしくないのかなと思ったりします。お金の話だけでサービスの質が計られてしまうということは、相変わらず財務省の裁量でサービスが創られ削られていく未来を続けるということです。しかしみなさんが副作用を明らかにしていけば、その副作用を起こさない新しい福祉サービスの創造や、その副作用を無効化する新たなサービスの発見などが可能になります。それはつまり政府の会議室で決まっていく福祉サービスが少なからず本人の手に帰ってくることに繋がると僕は考えているのです。

(続く)

意志決定支援に感じる気持ち悪さについて(2)(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)

意志決定支援に感じる気持ち悪さについて(2)
(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)


限られた選択肢と、非人間的ともいえる意思決定過程
 意思決定支援はどのような場面で必要とされるのか、それが書かれているのが「意思決定支援が必要な場面」という項目です。そこには二つの想定がされています。
(2)意志決定支援が必要な場面
   意志決定支援は、次のような場面で必要とされることが考えられる。

  @日常生活における場面
   日常生活における意思決定支援の場面としては、例えば、食事、衣服の選択、外出、排せつ、整容、入浴等基本的生活習慣に関する場面の他、複数用意された余暇活動プログラムへの参加を選ぶ等の場面が考えられる。日頃から本人の生活に関わる事業者の職員が場面に応じて即応的に行う直接支援の全てに意志決定支援の要素が含まれている。
   日常生活における場面で意思決定支援を継続的に行うことにより、意志が尊重された生活体験を積み重ねることになり、本人が自らの意志を他者に伝えようとする意欲を育てることにつながる。
   日常生活における支援場面の中で、継続的に意思決定支援を行うことが重要である。

  A社会生活における場面
   障害者総合支援法の基本理念には、全ての障害者がどこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられない旨が定められていることに鑑みると、自宅からグループホームや入所施設等に住まいの場を移す場面や、入所施設から地域移行してグループホームに住まいを替えたり、グループホームの生活から一人暮らしを選ぶ場面等が、意思決定支援の重要な場面として考えられる
  (以下略)

 これまでも何度か書いてきた通り(直近では前回の通信150号をご参照ください)、総合支援法は、僕らが日常的に生き方等を選択する自由度とはかけ離れた狭い選択を迫ってきます。この非人間的で脆弱な選択肢の提示がこれまでの障害者用の支援法の実体だったとするなら、その貧弱な、そして時には残酷でさえあり得る選択肢の中からどれかを強制的に選ばせるシステムが、この「意志決定支援」の本質なのだと僕は考えます。
 一般的に僕らは、どのように意思決定をしているのでしょうか。僕らは意思決定を先のばししたり、保留したりということがあります。「もう頭が痛いから、後で考える」みたいなことです。あるいは「いいや、成り行きにまかせよう」と意思決定そのものを行わないこともあるのです。これについてもしも「意思決定を行わないという意思決定をしているじゃないか」との反論があるかもしれません。そうであるなら僕はそれを認めましょう。そして同時に、それなら障害者用の意思決定支援にも「意思決定を行わない」という意思決定を認めるべきだと。しかしそれは「意志決定支援」には認められていません。その場合、意思決定を行わないと決めた者は「定義」に書かれた「支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場合」に組み込まれる可能性があるからです。そして他人によって「最後の手段として本人の最善の利益を検討する」ことが行われるのです。それは「成り行き」という意思決定ではなく、他者に道を決められることにほかならないでしょう。
 さらに僕らは「@日常生活における場面」から「A社会生活における場面」に至るまで、そんなにキッチリと意思決定をしているでしょうか。日常生活に含まれる食事や着ていく服の選択などについて、朝観たテレビの占いにしたがってラッキーアイテムを選ぶようなことはないのでしょうか。同様に、もっと大きなことについて、たとえばどんな仕事に就くかとか、どの家を買うかとか、この人のプロポーズを受けるかどうかとかなど、むしろそういう大きな選択の場面に直面した時こそ、占いや誰かの意見に委ねるようなことはないのでしょうか。偶然聞いた有名人の一言が自分の人生を決めたとか、スポーツ選手の自伝を読んで人生が変わったとか、そうしたことが、むしろ僕らの人生においては大切だったりするのではないでしょうか。
 この「意思決定支援」は、そうした一般的な意思決定とはかけ離れた、清廉潔白で本人の人間としての強さを非常識なまでに求める形になっていると、僕は感じています。
3.意志決定支援の基本的原則
  意志決定支援の基本的原則を次のように整理する。
(1)本人への支援は、自己決定の尊重に基づき行うことが原則である。本人の自己決定にとって必要な情報の説明は、本人が整理できるよう工夫して行うことが重要である。また、幅広い選択肢から選ぶことが難しい場合は、選択肢を絞った中から選べるようにしたり、絵カードや具体物を手がかりに選べるようにしたりするなど、本人の意思確認ができるようなあらゆる工夫を行い、本人が安心して自信を持ち自由に意志表示できるよう支援することが必要である。

(2)職員等の価値観においては不合理と思われる決定でも、他者への権利を侵害しないのであれば、その選択を尊重するよう努める姿勢が求められる。
  (以下略)

 なんと品行方正な意思決定なのでしょうか。一昔前に「障害者は天使のようだ」みたいな、善良を押しつける差別がありました。さすがにそれは違うだろうということで、障害者善良説みたいなものを信仰する人は減ってきたと思います。しかし障害者と呼ばれてしまう人たちの周辺のことについては、まだまだ差別的な美化がうようよしています。僕にはこの(1)に書かれたことも、障害者と呼ばれてしまう人たちを「善良差別」する思考の成れの果てのように思われるのです。僕らの一般的な、時には適当で、場合によっては「意思決定なんて面倒くさい」とさえ言いかねない意思決定と比較すると、この「意思決定支援」が求めるものは気持ち悪いくらいに潔癖で非人間的だと僕には感じられます。
 この非人間的な「善良差別」は、他にもこのガイドラインの随所に見られます。先に引用した「(2)意志決定支援が必要な場面」の「@日常生活における場面」にある、「日常生活における場面で意思決定支援を継続的に行うことにより、意志が尊重された生活体験を積み重ねることになり、本人が自らの意志を他者に伝えようとする意欲を育てることにつながる」の部分。この自信はいったいどこからくるのでしょうか。僕らは日常生活において継続的に「意志」を尋ねられる生活をしていたらどうなるでしょう。自分自身の意志を他者に伝えようとする意欲がまったく育たないと言い切るつもりはありません。しかしそれと同時に、あるいは場合によってはそれ以上に、その面倒くさいやり取りを適当に済ませる方法を学んだりするのではないでしょうか。それは提供された選択肢のどれかを考え無しに適当に選ぶということであったり、もっと酷い場合には本人自身が自分の望むものではなく、支援者の顔色を察知し支援者が喜ぶ選択肢を選んでしまう、そんな力を育てることに陥りはしないでしょうか。経験を積んだ福祉施設の職員や、特別支援学校の教師、あるいは親や兄弟であれば、大切な人たちがそんなふうにして意志決定をする場面を、実は何度となく目にしているのではないでしょうか。
 「本人が自らの意志を他者に伝えようとする意欲を育てることにつながる」という発想は、障害者を「善良差別」した上でのあまりにもご都合主義な考え方と思われます。もちろん支援者の顔色を窺って自分の気持ちを殺した意思決定をすることも意思決定なのだという理屈も存在はします。しかしその場合には「わたしは喜んで不妊手術を受けます」とか「僕は喜んでガス室に入ります」という答えが出されたとしても、それを認めることになってしまうのでしょう。はっきり言っておきますが、僕はそれは嫌なのです。

(続く)

意思決定支援に感じる気持ち悪さについて(1)(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)

意思決定支援に感じる気持ち悪さについて(1)
(『もうひとつの福祉』151号 2019年1月 より)


 ここ数年、とっても良いことのように言われている「意思決定支援」ですが、僕には恐ろしく気持ちの悪いものに感じられます。
 意志決定支援なるものが登場してきた背景には、障害者と呼ばれてしまう人たちの意志を無視するような支援が多発している現状があるのでしょう。その解決の手段として意思決定支援は期待されているように思われます。しかしいったいどれほどの人が、じゅうぶんに考えを巡らして意思決定支援を認めているのでしょうか。「意志って何?」とか「意志決定ってどういうこと?」という問いにも満足な答えを持たない者たちが、意思決定支援というシステムを普及させようとしている無責任。思えば基礎構造改革以降、ずっとそうだったような気がします。障害者用の権利擁護も、障害者用の虐待防止も、障害者用の差別解消も、そして障害者用の支援法も、全てが場当たり的に生まれてきました。それらの誕生の過程は障害者と呼ばれてしまう人たちがかならずしも主役ではなかった。あたかもその人たちの事を考えているっぽい、とっても善意な人たち(各種支援者)の祭のようでした。思考停止することで集まってきた善意が、最大公約数の納得できるところで手を取り合った祭。その結果、実は障害者と呼ばれてしまう人たちは、強固な「障害者」という差別空間に閉じ込められていったのです。
 今回の通信では意思決定支援の気持ち悪さについて、僕が感じるところを明らかにしていきたいと思います。そのテキストは、平成29年3月31日に厚生労働省社会・援護局が出した『障害福祉サービスの利用等にあたっての意志決定支援ガイドラインについて』です。お持ちの方はどうぞ読み直してください。インターネットで手に入れることも可能かと思います。お持ちでない方のために、引用をしながら進めていきます。

「意思決定を支援する」と見せかけての、「意志を決定したことにする」仕組み
 まず、意志決定支援とはなんであるのか、「意思決定支援の定義」という項目を引用します。
 
1.意志決定支援の定義
  本ガイドラインにおける意思決定支援は、障害者への支援の原則は自己決定の尊重であることを前提として、自ら意志を決定することが困難な障害者に対する支援を意志決定支援として次のように定義する。
  意志決定支援とは、自ら意志を決定することに困難を抱える障害者が、日常生活や社会生活に関して自らの意志が反映された生活を送ることができるように、可能な限り本人が自ら意思決定できるように支援し、本人の意思の確認や意志及び選好を推定し、支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場合には、最後の手段として本人の最善の利益を検討するために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組みをいう。

 この定義はいったい、何の定義なのでしょうか? 文字通り「意思決定支援」の定義であるのなら、最後の「支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場合には、最後の手段として本人の最善の利益を検討するために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組みをいう」は絶対に不要なはずなのです。この部分は、もはや「支援」ではなくなっています。この「最後の手段」が定義しているのは、「意思決定のための支援」ではなく、「支援でだめなら別の方法を使っても,とにかく意思決定をさせろ」ということなのです。
 たとえばこれが『意志を決定したことにするガイドライン』であって、その中に二つのガイドライン、「意思決定支援ガイドライン」と「意思決定が困難な場合のガイドライン」が書かれているのなら問題はないのでしょう。そして「意思決定支援ガイドライン」の定義が「意志決定支援とは、自ら意志を決定することに困難を抱える障害者が、日常生活や社会生活に関して自らの意志が反映された生活を送ることができるように、可能な限り本人が自ら意思決定できるように支援すること」で、「意思決定が困難な場合のガイドライン」の定義が「本人の意思の確認や意志及び選好を推定し、支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場合には、最後の手段として本人の最善の利益を検討するために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組みをいう」であるのならそれぞれの主語とその結論は合っています。しかしこの二つの本来別々の定義が一つの文章に組み合わされているということ。主語と結論では、支援対象も変わっています。主語の部分が本人のための意思決定の支援であるのに対し、結論の部分は意思決定が困難な人についても意思決定をさせた形をとらせないとならない制度設計側のための支援になっているわけです。
 制度設計者がどこまで意識して「意志決定支援」の中に「意志を決定したことにする支援」を紛れ込ませたのか、僕には分かりません。しかしそこに悪意が無く、単なる国語力の欠如によって作られた不可解な文章であったとしても、これが将来ひき起こすかもしれない悲劇について想像力を働かせずにはいられないのです。今世の中でもてはやされている障害者用の意思決定支援は、「意思決定支援」という羊の皮を被った、実は「とにかく意思決定をさせろ」というオオカミなのではないかと。
 もしも「意思決定支援」についての正々堂々としたガイドラインであったとしたなら、つまり「とにかく意思決定をさせろ」というような強制が隠されていないのだとしたなら、「支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場合には」の後に「急ぐことなくじゅうぶんに時間をかけ、場合によっては意思決定を保留する。そしてその間は本人に不利益が生じないように、必要な福祉は措置によって提供する」みたいな書き込みがされるべきなのです。僕ら一般の日本人には許されている「意思決定の保留」が定義に書かれていないということ。そこに、本人を思っているふりをした、「いいから早く決めろよ!」という制度側の本音が隠れていると僕には感じられるのです。
 何度となく主張し続けていることですが、繰り返させてください。障害者用の権利擁護も、障害者用の虐待防止も、障害者用の差別解消も、そして障害者用の支援法も、それらはすべて主体を「障害者」としていますが、それはコップの中での限られた「本人主体」であるに過ぎないのです。そして制度設計側(厳密にはそれを認めている僕らの社会そのものなのです)がそのコップを握っている。制度設計側がコップを揺らせば、「本人主体」などお構いなくグチャグチャに揺さぶられ、制度設計側がコップの中身を洗面に流してしまったなら「本人主体」もろとも跡形もなく排水口に流れ去るようなものなのです。

(続く)

2016年09月09日

「津久井やまゆり園」殺傷事件から考える二つのこと

 まずなによりもはじめに、「津久井やまゆり園」での事件において尊い命を失った方々のご冥福をお祈りします。
 そして怪我をされた方たちの一日も早い快復を願っています。そこで暮らしているみなさんや、職員、関係者の方々においては、その心情に大きな負担を受けられているのではないかと察します。どうぞその快復もされるよう願っています。


 この事件の一報を聞いた時には悲しみや怒りよりも、ただただ驚きを感じました。悲しみや怒りという感情が湧いてきたのはしばらくたってからのことです。およそ一カ月が経った今でもこうした感情は静かに続いていて、事件に関する冷静な思考を立ち止まらせます。そんな状態なので冷静に書き切ることができるかどうかわかりませんが、事件から僕が思考する大きく二つのことについて、まとめてみたいと思います。
 一つ目は犯人とおぼしき容疑者(以下「容疑者」で統一します)が衆院議長に届けようとした手紙に書かれていた「安楽死」についてです。容疑者の使う「安楽死」はおそらく誤用なのですが、単純に使い方を誤っているというだけではない恐ろしさを僕は感じています。
 二つ目はこの事件が今まであった障害者と呼ばれてしまう人たちに対する差別や偏見などとは異なる性質の差別、偏見にもとづく事件だということです。僕はブログ『もうひとつの福祉』に2013年12月29日付けで「袖ヶ浦福祉センター養育園利用者への虐待についての考え」という記事を書きました。とりもなおさず同園で起きた職員による虐待殺人の事件についてです。お読みになった方はどうぞ思い出してください。僕はその中でこの事件を「こうした古い時代の障害福祉施設での虐待」、あるいは「古典的な狂気に支配された虐待」という表現で表わしました。それはずっと前から僕の中に、障害者と呼ばれてしまう人たちを取り巻く環境の変化に対応した新しい形の差別や虐待や事件が、将来起きてくるという不安があったからです。その将来において起こり得ると想像していた事件が、まさに今回の「津久井やまゆり園」での殺傷事件だったのです。このことについて、二つ目にまとめておくこととします。

1,「安楽死」について

(1)「障害者への安楽死」は「優生学」とも「経済性」とも関係ない、ただの殺人だ

 ここで書くことは今回の事件において語られている「安楽死」という言葉の誤用や、それが持つ不安な未来について僕なりの意見を論じるものです。「安楽死」そのものについての善し悪しなどについて言及するものではないことを、あらかじめ断っておきます。

 さっそく容疑者が衆院議長にあてた犯行予告ともとれる手紙から、そこに書かれていた「安楽死」を考えていきましょう。
 「安楽死」については、人それぞれで定義が微妙に異なるような気がします。しかしその許容範囲を最大限に考慮したとしても、やはり容疑者の使う「安楽死」という言葉の使い方は間違っているといわざるをえません。
 現在日本で行われている「安楽死」について、僕がすぐに思い浮かべる例は三つあります。一つは死が目前に迫ってきた時に延命治療をおこなわないこと(おこなわれている治療を止めたり、ある種の薬などを使って死を迎えることなどはここでは「安楽死」には含めません)。そしてもう一つは保健所で行われる動物への「安楽死」。そして死刑囚への拷問をともなわない刑の執行です。この三つの例から「安楽死」を論じるのはだいぶ無理な気もするのですが、少なくとも共通することは見つけられそうです。
 いろいろ考えていくと三者に共通していえることは、死が決定づけられた対象が、少しでも苦痛の少ない形で死の時を迎えるということです。これが「安楽死」の定義の一つだとしたなら、今回の事件はまったくの逆です。犯人は少しでも早く楽になるようにと急所にあたる部分を狙ったり、何度も何度も繰り返し刺したつもりかもしれません。しかしそれがどれほどの痛みを与えるものであったか、そして隣のベッドにいる人が刺される気配を感じている時の恐怖がどれだけ大きかったことか。これは少しでも苦痛の少ない死という意味での「安楽死」とは明らかに異なるものです。
 フランスでギロチンが発明された時、それは少しでも苦痛が少なく一思いに一瞬で死を迎えられる道具として作られたと聞いたことがあります。それまでの拷問のような処刑方法などからするとより「安楽死」の方法だったわけです。このフランス革命時代の「安楽死」の概念と比較したとしても、容疑者のとった殺害方法は「安楽死」とは言い難いものなのです。
 もし誰かが安楽になる理屈が容疑者の中にあるとするなら(もちろん、そんなものを認める気はまったくありません。しかしあえてそれを手紙の中から探してみると……)、「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為(ため)と思い」ということでしょうか。容疑者は手紙を衆議院議長に渡そうと考えた理由としてこう主張しているのです。そして「理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれない」と言っています。容疑者の妄想に付き合うのは少しばかり辟易しますが、この文章について考えてみます。すると、彼が多少なりとも「安楽」を考えているのは、「保護者」「施設職員」「日本国と世界」のためであることがわかります。本来の安楽死は死を目前にした対象の死に方の「安楽」を問題としているのに対して、この容疑者は対象を殺すことによって、他の人たちや日本や世界に「安楽」をもたらそうとしていた感じがあります。これは「安楽死」ではなく、単なる「殺人」なのです。

 ではなぜ単なる殺人者が、それを「安楽死」だと妄想できたのでしょうか。容疑者は取り調べの中で「ヒトラーの思想がおりてきた」と語っているとの報道がありました。と、すると容疑者の「安楽死」はヒトラー及びナチスドイツが行ったT四計画に影響されたものだと考えられます。T四計画はどのようなものであったのか、一般的な認識としてあえてインターネット上のウィキペディアを引用することにします。

 T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4)は、ナチス・ドイツで優生学思想に基づいて行われた安楽死政策である。1939年10月から開始され、1941年8月に中止されたが、安楽死政策自体は継続された。(T4作戦−Wikipedia)

 とあります。ちなみに中止された以降の継続は下記のように説明されています。

 T4作戦への批判が高まったことから、1941年8月24日にヒトラーはボウラーに対して安楽死の中止を口頭で命令した。この中止命令により、安楽死政策そのものは公式的に中止されたと公には受け取られたものの、実際にはハダマー安楽死施設のガス殺が中止されたのみに過ぎなかった。それ以外の精神病患者の収容施設では医師・看護師による患者の安楽死が国家の統制を比較的受けない形で続行されるばかりか増加し、「野生化した安楽死」と呼ばれた。また「作戦中止」後にT4作戦の職員はいわゆる絶滅収容所に配置され、かれらの伝えたガス殺・死体焼却・施設のカモフラージュに関する技術がホロコーストに利用された。(T4作戦−Wikipedia)

 一般的な理解はこのようなものなのでしょう。昨今のT四計画を取り上げたテレビ番組や書籍においてはこの定義が採用されている場合が多いと思われます。容疑者が超能力者でないとしたなら当然のことながら何らかの媒体を経てT四計画を知ったのであり、それを「降りてきた」と錯覚してしまったのだろうと推測されます。あくまでも推測ですが、容疑者が知った媒体はこの定義に則して作られたテレビ番組か書籍か、あるいはネット情報だったのではないかと僕には思えます。
 しかし、この定義が唯一無二の定義なのかというと、必ずしもそうではありません。一般的なT四計画の定義と異なる考え方が存在する部分。今僕が問題にしたいのは「ナチス・ドイツで優生学思想に基づいて行われた安楽死政策」というくだりです。たしかに優生学思想を巧みに利用した事実はあるかもしれませんが、少なくともT四計画そのものは優生学思想とはまったく関係のないものだったと僕は考えています。
 僕が最初にT四計画を意識したのは(ナチスドイツによってそうしたことが行われていたことはそれ以前から漠然と知ってはいたのですが、はっきり意識したということで言うなら)、ジョルジョ・アガンベンの著作『ホモ・サケル』においてでした。『ホモ・サケル』を引用します。

 ヒトラーがこれほど不都合な状況下でも執拗に安楽死計画を実行しようとしたということは、国民社会主義の生政治を導いていた優生学の諸原則によるものとされたこともある。だが、厳密に優生学的な観点からすると、安楽死はとくに必要なものではなかった。遺伝病の予防やドイツ人民の遺伝的健康の保存に関する法によって、すでに充分な保護がおこなわれていたし、この計画の対象とされた不治の患者は大多数が子供と老人であり、いずれにせよ生殖能力はなかった(優生学的な観点からすると、表現型の抹消ではなく遺伝形質の抹消だけが重要なのは明らかである)。また、この計画は経済的次元にかかわる考慮に結びついたものでもない。その反対であって、この計画を実行することは、公共機構が全面的に戦争に集中したときにはかなりの負担となった。それならなぜヒトラーは、この計画が人気のないものであることを完全に意識していたにもかかわらず、是が非でもこれを実行することを欲したのか?
 残る説明は一つだけである。この計画において、人道的問題という外見の下で問題となっていたのは、国民社会主義国家の新たな生政治的使命の地平で、主権権力の剥き出しの生に関する決定が行使されるということだった、ということである。 (『ホモ・サケル 主権権力と剥き出しの生』ジョルジョ・アガンベン 高桑和巳訳 以文社)

 アガンベンが看破している通り「優生学的な観点からすると、表現型の抹消ではなく遺伝形質の抹消だけが重要なのは明らか」なのです。ナチスドイツが「障害者」と認識する人たちを直接抹殺することが、優生学の持つ遺伝レベルでの「障害者」の根絶になるためには、すべての「障害者」が遺伝によって出現している必要があります。しかし現実はどうでしょうか。戦争で負傷して「障害者」になった人が優生学の対象にならないのは明らかです。脳の疾患の後遺症として障害を負った人たちも同様でしょう。高齢によって障害を負った場合も遺伝は関係ありません。仮に生まれた時からの「障害者」に限ったとしても、そのすべてが遺伝的理由によるものではなく、出産時の諸事情や親が何らかの有害物質を摂取していたことなど、その理由は様々です。そしてアガンベンが指摘しているとおり「遺伝病の予防やドイツ人民の遺伝的健康の保存に関する法によって、すでに充分な保護がおこなわれていた」のですから、それが医療的であれ福祉的であれ保護状態にある「障害者」が遺伝子を次の世代に伝える状態そのものがなかったのです。さらにいうなら、「障害者」が生殖したとしても遺伝的にかならず「障害者」か生まれるというようなことはありません。生まれなくても、民族の遺伝子の中に「障害者」が生まれる遺伝子があることが問題なのだとするなら、抹殺すべきは「障害者」直接ではなく、すべての国民の遺伝子を調べて、それを持つ全員を抹殺するということになるのでしょう。何らかの遺伝子の変異まで想定に入れるとしたなら、「障害者」をまったく生まれないようにするためには現在生きている人類のすべてを抹殺する必要があるのでしょう。
 考えてもみてください。みなさんの身の回りに明らかに遺伝子に起因する障害をもつ人がいたとします。優生学はその遺伝子が続いていくことを問題にしますが、その遺伝子が本当に続いていくというのなら、その「障害者」の両親は同様の「障害者」なのでしょうか。遺伝子は後に続くだけではなく、遡られます。その遺伝子を持っていても発現せずに「障害者」ではなく暮らしている人たちが大勢いることにはならないでしょうか。直接「障害者」を抹殺するということが、「優生学」の思想上、まったく効果のない行為であることは明らかなのです。
 このことはナチスドイツの「障害者」安楽死計画において、もっとも明解に証明されていると考えます。T四計画によって殺された人の数は10万人とも言われています。実際には「障害者」ではない人たちも含まれていたと思われますが、10万人以上に多かったという説もあるので、とりあえず10万人の「障害者」が抹殺されたとしましょう。1945年にドイツが降伏してからおよそ60年後、2004年のOECDの調査があります。国別の国民(20〜64歳)にしめる障害者割合の調査です。それによるとイギリスが18.2%、ドイツは18.0%、フランスは16.0%でした。国によって「障害者」の定義が異なるなどの事情があるかとは思いますが、ドイツがイギリスとさほど変わらない、フランスよりも障害者の割合が高いということ。ドイツにおける「障害者」の割合が必ずしも低くなっていないという事実。10万人もの「障害者」を抹殺して60年しかたっていないというのに! それが「優生学」の見地から行われたのだとしたなら、その遺伝子抹殺計画はまったくの失敗だったと言わざるをえません。ナチスドイツがT四計画の正当化のために「優生学」を持ち出したということはあったにしても、「優生学」と「障害者への安楽死」の間には何の繋がりもなかったのです。

 「優生学」の立場から論じていますが、僕は「優生学」を思いっきり軽蔑しています。あくまでも「優生学」の愚かさを検証するために「優生学」の立場に立って論じているに過ぎません。それにしてもこれは不快な作業です。でもものはついでです。不愉快ですが、もう少し「優生学」の立場に立って話を進めさせてください。
 ナチスドイツに限らず、時折「安楽死」が「優生学」と結びつけて考えられるのは、「障害者」が生まれないようにしようという意図からだろうと思います。そうでなければ遺伝を問題にする「優生学」が引っ張りだされている根拠はないのでしょうから。
 では、現代社会においてもっとも多くの障害者を生んでいるのは誰でしょうか。その人の母親ではありません。母親はどんなに頑張っても産むことのできる子どもの数には限界があるのですから。
 これが最大かどうかはわかりませんが、僕の知る限りではベトナム戦争で作り出された「障害者」数には驚くべきものがあります。ここでは二つだけあげておきます。共にアメリカが産みの親です。一つは枯葉剤。これによって100万人以上の後遺障害者が出ているといいます。それは二代、三代にも現れているようで、そういう意味ではアメリカは文字通り遺伝的レベルでの障害者を産んでいることになります。そしてもう一つは地雷です。ベトナム政府の2014年の発表では6万2000人が負傷し、膨大な数が埋まったままになっている不発地雷のために現在でも多くの死者、負傷者が出ているといいます。僕らはベトナム戦争と呼びますが、これはカンボジア、ラオスを含むインドシナ戦争だというのが本当です。それによって同様の障害を負った人たち、現在でも障害を追い続けている人たちはカンボジア、ラオスにも大勢います。そしてこれらの数字は通常兵器での被害者や、アメリカに帰還した兵隊のその後の精神疾患の発症などは数字に入れていません。それらを加えたならベトナム戦争によって作られた「障害者」の数はどれだけになるのでしょうか。
 もうお分かりかと思います。ナチスドイツが10万人の障害者を抹殺しても、60年後の「障害者」数が減ることはありませんでした。かりに全国民の遺伝子を調査して、「障害者」に繋がる遺伝子を持った国民を抹殺したとしても、それは一人抹殺して一人の障害者の誕生を阻止できるかどうか、という程度のことです。もし、障害者の誕生を阻止しようという「優生学」及び「安楽死」であるなら、ベトナム戦争勃発時点で、アメリカの指導者や戦争で利益を得る人々を「安楽死」させればよかったのです。その数がかりに100人でも、1000人でも、10000人であったとしても、それで枯葉剤と地雷のばらまきが防げたのなら、T四計画よりもずっと有効だったといえるでしょう。
 「優生学」などという頭の悪い理論が存在するとしたなら、それは個々の人間のレベルでの遺伝子においてではありません。社会の中に、「戦争」に代表されるような悪意に満ちた劣悪な遺伝子があるのだと考えてみてください。もし本気で障害者を生まれないようにしたいのなら、そうした社会の中の劣悪遺伝子を根絶するべきなのでしょう。この劣悪な遺伝子には他にも水俣病のような公害病、原爆や原発のような放射能をまき散らし、あるいはまき散らす可能性のあるものも含まれます。
 でも、はっきり言っておきます。「障害者」を生まれないようにするという発想そのものが、社会の中での劣悪な遺伝子そのものなのです。「優生学」に付き合って、「障害者」が生まれないためにはみたいな書き方をしてきましたが、本意ではないことを念のため断っておきます。

 アガンベンは、経済的なこともナチスドイツにおいてはT四計画の理由にはならなかったと言っています。このことが現在の日本においても同様であることは、ここまでの説明で明らかかと思います。一人ひとりの「障害者」を連れてきて「安楽死」させることよりも、本当に「障害者」をこの世の中から抹殺したいのなら、「障害者」を生産している社会の劣悪遺伝子とも言える現在の世界中の指導者と、現在の社会の仕組みの中で利益を得ている人たちを抹殺する方がよっぽとリーズナブルなのですから。
 でも、抹殺してはいけません。彼らが社会における劣悪遺伝子だという言い方は「優生学」に引っかけてのものです。大前提として、障害者と呼ばれてしまう人たちには何一つ劣悪生もマイナス要因もないわけです。それを産み出したものたちに、その点で必要以上の責任を問うことはできないだろうから。彼等の責任は純粋に戦争によって殺したり負傷させたり、公害や原発などを放置して同様の事態をひき起こしたりという責任においてのみだと僕は考えます。
 論が逸れました。もとに戻して考えていきます。アガンベンはT四計画を「優生学」「経済性」のいずれからも意味がないと結論づけました。「津久井やまゆり園」の事件の容疑者も「優生学」と「経済性」を匂わせていますが、これまでの説明の通り、これらは容疑者の考える「安楽死」と無関係であることは明らかです。
 容疑者が「障害者への安楽死」について「優生学」や「経済性」をどれだけ持ち出したとしても、それはまったく無関係なことなのです。僕らは容疑者の主張に振り回されるべきではありません。事件に関する言論のいくつかで、当たり前のように、なんの疑問も持たずに「障害者への安楽死」を「優生学」や「経済性」と結びつけている例を見聞きしています。このことをまず疑うべきなのでしょう。「優生学」は本当に「障害者への安楽死」の理由になるのか?これを疑わずに容疑者の主張に追従する言論に、僕は大きな危険を感じるのです。

(2)方法でしかないはずの「安楽死」が「死の決定づけ」とセットになる怖さ

 「安楽死」について、さらに論を深めていきましょう。
 僕は「安楽死」というのは、何らかの理由により死が確定している場合に、その苦痛が少ない方法で死を迎えさせることだと考えています。つまり「安楽死」というのは、死を迎える方法のことであり、それ以上のことではないということです。先に書いたギロチンがその例です。
 このことから、「安楽死」という方法が正当に行われるためには、その対象者が確実に死を目前にしていることか不可欠だと僕は考えています。だからこそ、より苦痛の少ない死に方を、という発想から「安楽死」がでてくるのです。まだ生きる道筋がある場合に(つまり死が決定づけられていない状態で)「安楽死」が選択肢として存在しないことは説明するまでもないことでしょう。
 問題は、ここです。
 死刑囚への「安楽死」という方法は、その対象の死刑が確定していることが前提としてあります。保健所での動物の「安楽死」もその動物が殺処分されることが決まっていることが前提です。ときおり議論になる末期の患者に対する「安楽死」も、その死が逃れられないものとして目前に迫っていることが前提となるのでしょう。
 しかしこの容疑者においては、そしてもしかしたらもっと社会全体に広く、間違った理解による「安楽死」という言葉の使用があるのではないか。そんな危惧を抱いています。
 それは「死の決定づけ」がされていない対象への「安楽死」の使用。本来別々であるはずの「死の決定づけ」と「安楽死」をセットにすることで、死に直面していない人たちに「死の宣告」と「死の方法の選択」を同時にさせるような、「安楽死」の用い方です。
 こんな例だとイメージしやすいかもしれません。映画の場面だと思ってください。二人の兵士が森の中にとり残されているとします。一人は瀕死の状態です。食べ物は無く、どこからかオオカミの遠吠えが聞こえてくるようなシチュエーション。瀕死の兵士を置いていかなければならない場面で、「生きたままオオカミに食われるのは嫌だ。一思いに銃で撃ち殺してくれ」というのは本来の「安楽死」の語法だと僕は考えます。死がすでに決定づけられている前提ですから。
 これに対して、こんな映画の場面はどうでしょう。殺し屋が一般の市民に銃を突きつけて「金を出せ。出さなければ手足から撃って苦痛を与えながらじわりじわりと殺す。金を出せば一発で脳天を撃ち抜いて殺す。どっちがいい?」と言っているシチュエーション。この場合は死の決定づけが前提ではなく、死の決定づけと死に方とがセットになっています。死に方で安楽な法を選ぶ形にはなっていますが、僕はこれは本来の「安楽死」ではないと考えるのです。
 ではなぜ、後者のような「安楽死」という言葉の使い方がまかりとおっているのでしょうか。どのような場合に生きる道が残されている人たちに対しての、「死の決定づけ」込みの「安楽死」が行われるのでしょうか。
 アガンベンは先の引用の中で、こう言っています。
 「残る説明は一つだけである。この計画において、人道的問題という外見の下で問題となっていたのは、国民社会主義国家の新たな生政治的使命の地平で、主権権力の剥き出しの生に関する決定が行使されるということだった、ということである」
 「剥き出しの生」たる「障害者」に対して、「死の決定づけ」を含んだ「安楽死」を実行できたのは「主権権力」だとアガンベンは言っています。T四計画においてそれはヒトラーでありナチス政権なのでしょう。そして彼らが当時としては正当な民主的手続によって政権を握っていたことを考えるなら、当時のドイツ国民そのものが「障害者」という「剥き出しの生」に対して主権権力だったとも言えるかもしれません。
 この主権権力、つまりそれは生政治における主権権力ということなのですが、アガンべンはミシェル・フーコーの定義を用いていると考えてよいかと思います。先に引用した部分が書かれている『ホモ・サケル』の第三部の「生政治」の章において言及されているのはミシェル・フーコーの『知への意志』という著作でした。

 長いあいだ、君主の至上権を特徴づける特権の一つは、生と死に対する権利[生殺与奪の権]であった。(『性の歴史T 知への意志』ミシェル・フーコー 渡辺守章訳 新潮社)

 この「生殺与奪権」をもつものが主権者であるということの指摘。さらに詳しく、フーコーは述べています。

 主権者=君主はそこでは生に対するその権利を、ただ殺す権利を機能させることによって行使するか、あるいはそれを控えるかである。彼は生に対する彼の権力を、彼が要求し得る死によってのみ明らかにする。「生と死の」という形で表わされている権利は、実は死なせるか、それとも生きるままにしておくかの権利である。結局のところ、それは剣によって象徴される。(『性の歴史T 知への意志』)

 この「生殺与奪権」を握っている者が、対象に対して死の決定付けを含む「安楽死」を実行可能なのだと考えます(実行して良いということではありません。実行してはいけないのですが、その力を持っているという意味です)。ですからT四計画においては、死を目前としていない「障害者」に対しても「安楽死」を実行することができた。死を目前としていなかったとしても、対象の生殺与奪権をナチスは握っていたのですから。今現在死を目前としていなくても、いつでも死を目前にさせられる権力(生殺与奪権)を持っている者が主権権力であり、それを握られているのが「障害者」という「剥き出しの生」だったのです。

 「津久井やまゆり園」での殺傷事件においては、容疑者の使用した「安楽死」はどのようなものだったのか、あらためてまとめておきます。
 まず容疑者は「障害者への安楽死」の理由を「優生学」や「経済性」に求めていましたが、それは誤りです。そしてT四計画のように、死の決定づけとセットにして「安楽死」を定義していたと思われます。それは犠牲になった一人ひとりの「障害者」が死を目前とはしておらず、犯人に刺されることによってはじめて死を決定づけられていることから明らかでしょう。しかしそれを「安楽死」ということはできません。T四計画の場合には、それでも死の方法としては安楽な手段がとられていたのに対して(もちろん、そうだからといって許されることではないのですが)、容疑者は残酷極まりない殺害方法をとっているのですから。つまり「安楽死」という言葉の表わす意味がT四計画において「あいつを安楽死させよう」だったのに対して、「津久井やまゆり園」の容疑者においては「あいつを殺そう」でしかなかった。本来、死の方法を表わすだけだった「安楽死」という言葉が、主権権力によって死の決定付けがセットにされ、今回の容疑者においては安楽な死の方法という本来の意味が喪失した、単なる死の決定付けとセットになった殺人に変化してしまっている。僕にはそう思えるのです。


2,新しい福祉制度の時代の新しい差別

(1)福祉サービスを得ることと引き替えに「障害者」にカテゴライズされる

 僕は今回の事件を、新しい種類の事件だと考えています。正確に言うなら、障害者と呼ばれてしまう人たちの生きている環境が大きく変わりつつあって、その新しい環境下で起こり得ると予測される事件だったという意味です。環境が新しくなると、当然のことながら事件そのものも合わせて姿を変えるということです。では、どのような環境から、どのような環境に変わりつつあるのか。それにともなって事件の形はどのように姿を変えるのか。
 これはずっと通信やインターネット上のブログ、講演などで書いたり言ったりしてきたことです。日本の制度による障害福祉は、措置制度から支援費制度に移行したころをきっかけにして、新しい段階に入ってきました。今はまだその過程なので実感は少ないかもしれませんが、この変化によって障害者と呼ばれてしまう人たちの生活の環境が、生活それ自体が、社会における障害者と呼ばれてしまう人たちの定義そのものが、まったく別物なってしまうという危険と不安を僕は感じています。
 その新しい変化、それは一人ひとりとしての存在だった障害者と呼ばれる人たちを、「障害者」というカテゴリーに所属させ一括管理する環境です。制度上は「障害者」を管理するのではなく障害福祉を一括管理するシステムであるはずの障害者総合支援法。しかしそのサービスを受けるためには、障害者と呼ばれてしまう人たちは「障害者」のカテゴリーに入り、区分判定(支援区分の判定だと名前を変えたとしても)されます。もちろん、それはサービスを受けている時間帯の話です。しかしそうした福祉サービスの充実にともない、一人ひとりが一日の中で、あるいはその一生の中で「障害者」としてのサービスを受けている時間は格段に増えつつあるのではないでしょうか。
 批判をしているのではありません。現実として、当たり前のように小さな時から「障害者」としてのサービスを受け、そのサービスと引き替えとして「障害者」のカテゴリーに入団する。僕が四半世紀前に目撃していた、福祉サービスとは関係のない付き合い、たとえば誕生日を一緒に祝ったり、夜居酒屋に一緒に飲みに行ったり、アパートの部屋でみんなでざこ寝をして語らいながら朝を迎えたり、一緒に海外旅行にいったり、恋をしたり……。そうした制度の外にある、人間としての普通の日々はどこに行ってしまったのでしょうか。もちろん、「そんなことを言っていたら、障害者は生きていけないんだ」とか「サービスに預けないと、親が働けないんだ」というような声があるのは、わかります。だからそれを批判するわけではないのです。ただ、「障害者」というカテゴリーに入団することが、生きる環境を確実に変えてしまっていることについて認識してほしいのです。
 いま起こりつつある新しい障害福祉環境への変化は、形の上では未整備な福祉環境によって生じていた苦しみから解放されたいという願いからはじまったのだと思います。政府が「障害者」を管理したいから福祉制度を整備したのではなく(その意図がまったくなかったというわけではないのでしょうが)、障害者と呼ばれてしまう一人ひとりが生活の難しさから、差別や偏見から、生きることそのものの困難さから、福祉制度の充実を願ったのです。野蛮な福祉制度から文明的な福祉制度への移行を願ったのが、措置制度から支援費制度への移行だと僕は考えています。しかし制度の整備は、その制度を受ける人たちが誰であるかを明確にし、一つの平等の考え方から障害程度に応じて(あるいは支援程度に応じて)公平にサービスが提供されることを要求したのです。このことは公的サービスとしては当然のことですが、これによって障害者と呼ばれてしまう人たちは「障害者」として平等な差別のない存在となったのです。「障害者」のカテゴリーの中では平等だということ。その中では差別を受けない(実際には受けていますが)ということ。このことが完成するにつれて、新しい差別が立ち現れてきているのです。それがつまり、「人間」を「障害者」として差別するということです。
 四半世紀前、たとえば二人の子どものうち弟が障害をもっているような場合に「将来はお兄ちゃんみたいに普通の暮らしをしてほしい」と願う母親の言葉を何度となく聞いてきました。それが今は「将来はグループホームで普通に暮らしてほしい」という言葉を多く耳にします。前者が「人間としての普通」であり、後者が「障害者としての普通」です。
 あるいは昔だったなら、五十嵐正人が知的な障害を持っていて行動がいちじるしくゆっくりだったような場合、五十嵐は「この、のろま!」と差別を受けたことでしょう。それが新しい時代には「この、障害者が!」と差別を受けるのです。五十嵐正人が一人の「人格」として差別を受けるのではなく、「人格」が消失し区分判定で数値化され、障害という生きづらさが支援計画の対象事項にすり替えられて……。親からもらった名前がその思い出や人生を喪失した「五十嵐正人」という単なる記号となり、それよりも数値化された程度区分が重視される存在として「この、障害者が!」と差別されるのです。「この、のろま!」と言われた時には、少なくとも五十嵐正人に対する憎しみがこもっていたのでしょう。その憎しみさえも「この、障害者!」からは無くなっている。憎んでさえもらえなくなった五十嵐正人。それが新しい時代に予測される「人間」が「障害者」に差別される危険なのだと、僕は考えています。

(2)「障害者」がヘイトの対象とされてしまうかもしれない未来

 むかしも、特定の個人ではなく「障害者」という存在への差別はありました。しかし今ほど「障害者」の定義が明確ではなく、それこそ無知から来る誤解に満ちあふれた障害者観による偏見や差別のレベルでした。しかし今は、そしてこれからの「障害者」という括りへの差別は明確で文明的な差別です。誰が「障害者」というカテゴリーの住人であり、どのような障害であり、その支援区分はどのようであるのか、数値化されていくのですから。それによってより公平で的確なサービスを受けられるようになる反面、より正確な差別をされるのです。今回の「津久井やまゆり園」での事件がおきた時に、ヘイトのはじまりを危惧する言論がいくつか聞こえてきました。こうした状況を考えると、それはあながち間違っていないように思えます。
 家族がその本人のあれこれを手伝うような場合、それは本人に向けて本人に適した方法で手伝うことになります。しかし制度としての福祉サービスを利用する場合、家族は本人のためにより本人に合うサービスを選んだとしても、提供されるサービスは基準に則った一定レベルの公的なサービスになります。ヘイトはたとえばそれに使われている税金に照準を当てて非難をしてくるかもしれません。本人と家族がどんなに、本人自身のために行動した結果であっても、使われるサービスは本人のものではなく、国のものなのです。国のサービスを使う限り、一人ひとりの生き方や暮らしなど個性豊かな個別のあれこれが、何もかもひっくるめて数値化され、福祉サービスの利用者(「障害者」)にかかる税金の料として集計されるのです。
 日本は多民族国家ですが島国であるという特性からか、ヨーロッパほどの移民問題は抱えていません。ヨーロッパでは不況や失業者の増加、そして相次ぐテロ事件などが原因となって移民排斥の動きが出ています。日本において不況が深刻化し失業者が溢れるような事態になった時、ヘイトは何をターゲットにするのでしょうか。僕はその状況になっても国民みんなが「障害者には今まで通りの予算を出して、安定した暮らしをしていてほしい」と望むとは、とうてい思えないのです。移民問題がヨーロッパほど深刻ではない日本では、福祉予算がヘイトの標的になるという可能性は、極めて高いと僕は危惧しています。
 その時、移民であれば排斥すればいいのでしょう(酷い言い方になってしまっていますが)。あるいは国境をまたがせないようにする方法もあるかと思います。では、障害者の場合にはどのように排斥がなされるのか。僕がずっと以前から、新しい福祉状況が出来上がってくる中で心配しているのは、この最悪のシナリオです。
 障害者と呼ばれてしまう人たちが、完璧に「障害者」にカテゴライズされ数値化された未来においては、その障害者のための法律を変えるだけで「障害者」を抹殺することが可能になるのではないか。積極的な方法は尊厳死のような法律を作り、自発的に御国のために死んでいく「障害者」や死なせる家族を募る方法です。冗談のようですが戦時中には一般的日本人の中にそうした意識が芽生え、戦場へと若者が送られていった例が少なからずあったはずです。
 そして消極的な抹殺方法は、福祉サービスの予算を減らすことです。むかしあったようなボランティアや近隣の人たちによる手伝いといったような伝統が、完璧に公的福祉サービスにとって変わられた未来を想像してみてください。福祉の予算が削られ、充分な支援を公的な福祉サービスから受けられなくなった時に、かわって手助けしてくれるような伝統はもう無くなっているのです。その時、「障害者」とその家族はどう生きていくのでしょうか。

 ここで思い出してほしいのが、「安楽死」の文脈で書いた「生殺与奪権」です。
 僕は公的な福祉サービスの文明的な充実とその完全なる利用こそが、障害者と呼ばれてしまう人たちが自身の生殺与奪権を政府に委ねることにほかならないのだと思っています。どんなに不況になっても、街中に失業者が溢れても、あるいは日本が戦争をできる国になって実際に戦争状態になったとしても、「障害者」の予算だけは削らない、などという保証はどこにもないのです。むしろ、そこまで楽天的になって、はたしてよいものでしょうか。
 生殺与奪権を握っている者には、「安楽死」とセットになった「死の決定づけ」をすることができてしまいます。日本においては政府です。そう考えると、「津久井やまゆり園」殺傷事件の容疑者が手紙の中で安倍首相に「死の決定づけ」を願ったことは、残念ながら理に適ったことだといわざるを得ません。容疑者の手紙にはこんな文面がありました。
 「ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。日本国と世界平和の為に、何卒(なにとぞ)よろしくお願い致します。想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております」
 けっきょくこの願いは安倍首相には届かず、容疑者は現場での自身による「死の決定づけ」で殺害を行いました。しかし公的福祉制度の充実によって「障害者」の生殺与奪権を握ることになる政府に、あるいは首相に「死の決定づけ」を願った事実は恐ろしいことだと思います。これがつまり、新しい形の差別であり「障害者」に対する犯罪なのです。
 「優生学」とも「経済性」とも無関係でそれらを理由としては成立しない「障害者への安楽死」が、それでも「優生学」と「経済学」でまことしやかに偽装してせまってくる未来。制度としての福祉サービスを使うことを拒否するべきだとはいわないまでも、それによって自身の大切な生殺与奪権を誰かに委ねてしまってはいけないと、僕は強くいいたいのです。

(3)「障害者」を差別してはいけないのではない。人間を「障害者」に差別してはいけないのだ

 僕らにできること。二度と「津久井やまゆり園」殺傷事件のような悲劇を起こしてはいけない。ヘイトによって悲しい思いをしたり、「障害者への安楽死」が強制されるような未来を迎えてはいけない。そのために僕らは何ができるのでしょうか。
 おそらくそれは、現場に刃物を持った殺人者が侵入してきた時、それを阻止するべく闘うことだけではないのでしょう。むしろそれは困難に近いことなのです。問題は事件が起きていない平穏な日々にあると考えます。襲ってくる殺人者が殺意を日常の中で蓄積させてるように、僕らの本当の闘いもまた日常の中にあるのだと思います。
 いつも施設での虐待死事件や、親族による殺害事件などが報道されるたびに僕らは憤りと悲しみを感じてきました。そしてその度に何とかしなければと思います。しかしその後の平穏な日々の中で、多くの場合何もしないまま忘れていくのです。こんな繰り返しを、いつまで続けていくのでしょうか。

 僕らにできることの一つ、それは完成されようとしている「障害者」というカテゴリーから一人ひとりをはみ出させることなのだと、僕は考えています。何度もいいますが、福祉の制度を拒絶することは現実的ではありません。それを使いながら、「もうひとつ」の何か、人間をカギカッコに括らない何かを求め、実践し続けることが大切なのだと思います。
 「障害者」のカギカッコを曖昧で脆弱にしていくこと。「障害者」を、障害者と呼ばれてしまう人たちに取り戻すこと。公的制度を使うことで数値化され管理されても、その数値化をはみ出す人間性を保ち続けること。そしてそうさせることが、僕たちにできることなのでしょう。
 たとえば我が家では森山裕子さんと村上弓子さんと一緒に暮らしています。僕はとてもへなちょこなので「障害者への安楽死」が法制化され、憲兵たちがやってきて銃を突きつけてきた時に、闘い大切な人たちを護りきる自信はありません。ナチスからアンネ・フランクを匿うようなことができる保証がないのです。でも、そうした場面ではないとりあえず平穏な今なら、裕子さんや弓子さんと暮らし、大切な人たちと国の制度外で関わることはできます。言い方を変えるなら、今それができなければその場面がきた時にはきっと何もできないのだろうと。
 「障害者」にならなければ国の福祉制度は使えません。それがなければ暮らせず、生きられない人たちもたくさんいます。しかしそれによって生殺与奪権を他者に握られ、不当な「安楽死」の危険に曝される未来。
 障害者総合支援法は「障害者」を支援してくれます。障害者差別解消法は「障害者」への差別を解消してくれるのでしょう。そして障害者虐待を防止する法律、権利を擁護してくれる法律は「障害者」への虐待を防止し「障害者」の権利を護ってくれるのでしょう。でもこんなものは嘘っぱちです。誰であっても、人間として支援され、人間として差別を受けず、人間として虐待が防がれ、人間として権利が護られるべきなのです。
 「障害者」を差別してはいけないのではありません。人間を「障害者」に差別してはいけないのです。

 最後にもうひとつだけ。ナチスは「障害者」やユダヤ人に対しての生殺与奪権を持ち、「安楽死」という名の虐殺を行いました。しかし彼らにその「生殺与奪権」を与えたのは、当時のドイツ国民だったのです。その時代のドイツにおける民主的手続によって、ナチスは信任を得て政策を行ったのですから。
 同じことが、僕らにもいえるのではないか。未来において本当に政府が生殺与奪権を持ち、「障害者への安楽死」を行ったなら、それを根拠に「障害者」へのヘイトが起こり、執行人の代理になったつもりの殺人者が刃物を持って施設に侵入するような時代がきたなら……。それは議会制民主主義に則ってそうした国づくりをする代表を選んだ国民に責任があるのでしょう。そういう意味では「障害者」についての生殺与奪権を握ろうとしているのは、たとえ望んではいなかったとしても僕ら国民一人ひとりなのです。
 その自覚をもって、大切な人たちが「死の決定づけ」をされない社会を、僕らは作っていかなければならないのだと思います。
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2016年01月04日

「多機能トイレ」について。そして論は逸れて、いつもの話に

 名称云々について、「そんなものはどうでもいいだろう」という発言を、ときおり耳にします。特に障害福祉関係の人たちの中で、そういった意見を多く聞くように思います。
 しかし、「名称」というのは、とても重要なものなのです。ミシェル・フーコーなどを読まれる方は、その「言説」のくだりを思い返してください。そうでない方も、使われる言葉によって僕らが操作される場合があることを知っているはずです。
 たとえば、毎日のように報道される中東の国への「空爆」。僕らは報道では「空爆」という名称でそれを見聞きするので、あまり大きく心を揺さぶられることはありません。しかし同様の意味でそれを「空襲」と書き換えたらどうでしょう。僕ら日本人は東京大空襲に代表される幾多の「空襲」を受けてきました。ですから中東での「空襲」と報道されたなら、逃げまどう子どもたちや、川に浮かぶ死体、焼けただれた死体の山を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。
 「空爆」と「空襲」、たったこれだけで、イメージされるものはまったく変わってくるのです。ですから僕らは「名称」について、もっと敏感になるべきです。「どうでもいい」というのは、知性を停止させた愚鈍な美辞に過ぎないのです。
 そして、「名称」というものは、誰かが付けているのだということ。この世の中には、名称を付ける側と付けられる側が存在しているのだということを、誰よりも障害福祉に関わる人たちは意識していなければならない。僕はそう考えています。
 そして、ひとつのニュースを目にしました。そこには「多機能トイレ」という文字が書かれていました。
 お読みになっていない方のために、一部抜粋して引用します。

多機能トイレでAV撮影か 身障者団体がメーカーに「強く自粛を要望します」

 車いすのまま入れるスペースや、乳幼児のおむつ交換シートなどを備えた「多機能トイレ」。バリアフリーな社会を目指して設置が進んでいるが、“目的外使用”の可能性が指摘されている。多機能トイレを利用したアダルトビデオ(AV)の存在から、カップルが室内で性行為を行っている疑いも否定しきれず、身体障害者団体がAVメーカー側に製作自粛を求める事態に発展している。モラルの在り方が問われそうだ。
■トイレから出てきたのはカップルだった
 中部地方に住む女性(50)の夫は(46)10年前、交通事故のため脳損傷を負った。高次脳機能障害と診断され、外出時は車いすを使う。排泄(はいせつ)や排尿の感覚にまひがあり、短時間に何度もトイレに行ってしまう。
 しかし、身障者用のトイレがふさがっていることが珍しくない。女性が特に疑問に思うのは、出てきたのが1人でないケースだ。
 「中からカップルが出てきたのを最初に見たときは、目が点になった。複数で入った人が、トイレ本来の目的のために使っているとは思えない。ふさがっているときに扉をたたいたらシーンとしてしまい、物音が一切しなくなったこともある。本当に困るからやめてほしい」
 複数で出てくるのはカップルに限らない。高校生らしい女の子ばかり3人とか、男性2人と女性1人だったこともある。
■「障害のない人が入っていても注意しづらい」
 女性が駅員さんに「トイレに入れなくて困る」と相談したら、返ってきたのは次のような困惑の言葉だった。
 「障害者用トイレが多機能トイレと呼ばれるようになって、誰でも利用できるようになった。障害のない人が入っていても注意しづらい」
 困るのは実は、時間のかかる複数での利用だけではない。健常者が「空いているから」と思って入った「ほんの数分」が、障害者には「待てない時間」だということはある。
 女性は「私自身、夫が障害を持つまで、『障害があると大変だ』と思ってはいても、何がどう大変かは分かっていなかった」とする。
 そのうえで、「待つことができない障害者はいる。能力が限られている中でも、本人はオムツは嫌だと思っている。広くてきれいで快適な多機能トイレを使いたい気持ちは分かるけれど、普通のトイレが使える人はぜひ、多機能トイレを、それしか使えない人のために空けておいてほしい」と訴えている。
■車いす利用者の9割「待たされたことある」
 問題の根底には、通常のトイレに比べて多機能トイレの数が少なく、需要に追いついていないという事情がある。
 国土交通省が平成24年に行った多機能トイレの使用実態を調査(車いす使用者105人対象)によると、トイレを使用しようとして「待たされたことがよくある」と回答した人は52%に上り半数を超えた。「たまにある」(41%)を加えると、9割以上が、トイレを使いたいときに利用できなかった経験を持っていることになる。
 多機能トイレの数が「十分足りている」「十分とはいえないが足りている」との回答したのは計18・1%。それに対して、「やや不足感がある」「とても不足している」は計75・2%に上った。
■「マナー違反では収まらない感情がある」
 多機能トイレの数が足りないことだけが問題なのではない。
 アダルトビデオに触発されたカップルがトイレ内で性行為に及んでいるのではないか−。
 使いたいときにトイレを使えないという事態が起こる背景に、そんな可能性を指摘する声もある。
 ビデオの中には、多機能トイレで撮影したとみられるものが散見される。こうしたビデオのまねをして、一部のカップルらがトイレを使っていることはありうるという。
 《多機能トイレを撮影場所とした作品の視聴者による模倣行為を助長・扇動する可能性を否定できません》
 27年5月。身体障害者に対してさまざまなサポートを行う「特定非営利活動法人ノアール」(川崎市)が、アダルトビデオメーカーに向けてインターネット上に公表した要望書は、その可能性に触れたものだ。
 《本来の多機能トイレとしての利用以外は、他のトイレで代用できない利用者にとってマナー違反では収まらない感情があります。(中略)企業倫理の観点から公の施設である多機能トイレでの撮影に関し、強く自粛を要望します》
 ただでさえ数がたりない多機能トイレ。その上、本来その場所で行うべきではない性行為が横行すれば、トイレの使いにくさに拍車を掛けることにもなる。利用者にとっては見過ごせない迷惑行為に当たるだろう。
 要望書は、メーカー側に法令順守(コンプライアンス)を訴える。
 《アダルトビデオメーカー様におかれましては、コンプライアンスに反するようなことを行わずとも素晴らしい作品が制作できると考えております》
 しかし、アダルトビデオメーカーからの反応はない。
(「産経新聞」2016年1月3日)


 みなさんは多機能ペンと言ったら、どのようなペンを思い浮かべるでしょうか。多くの場合それは、シャープペンとボールペンの両方が使えるペンだと思います。この時、多機能というのは、シャプペンとボールペンの二つの機能を表わしています。そしてそのいずれも、「ペン」であることに間違いはありません。
 では、多機能プリンターと言ったらどうでしょう。思い浮かべるのは、コピーやスキャナーなどの機能が付加されたプリンターのことではないでしょうか。その場合に表わされている多機能とは、「プリンター」だけではなく「コピー」「スキャナー」というその他の機能を含めているのです。
 さて、それでは多機能トイレは・・・。もし、多機能プリンターと同様の語法であるのなら、多機能トイレには「トイレ」以外の機能が存在することになります。と、するなら、それが「AV撮影現場」という機能だったり、あるいは「カツアゲ場」という機能だったりという可能性を残すことになるでしょう。この場合問題なのは、その機能が「トイレ」以外の「AV撮影現場」であるということではありません。「トイレ」以外の機能があるかのように受け止められる点が問題なのです。
 この「多機能トイレ」という言葉そのものが、こうした問題を内包している、おそらくは不的確な名称であることをまず明らかにしておきたいと思います。「多機能プリンター」のような語法がある以上、「トイレ」のみに機能を限定しているものについて「多機能トイレ」という名称は不的確だと考えます。

 しかし、僕が本当に問題にしたいのは、別の視点です。
 今度は「多機能ペン」の方を考えてみましょう。この場合の語法であるのなら、「多機能トイレ」という名称は間違っていないように見受けられます。
 が、はたしてそうでしょうか。「ペン」の種類として「シャープペン」と「ボールペン」があるように、「トイレ」の種類として「身体障害者に使いやすいトイレ」や「妊婦に使いやすいトイレ」「オストメイトに使いやすいトイレ」などがある。いっけん正しそうなのですが、なにか違和感を感じないでしょうか。
 最近はあまり使われなくなってきていますが同様のトイレを示す言葉で、「多目的トイレ」という名称があります。ここから考えをはじめたいと思います。「身体障害者に使いやすい」ということや「妊婦に使いやすい」ということ、そして「オストメイトに使いやすい」などということは、「多目的トイレ」においては「目的」にあたることです。
 では、その目的を使用する主語は誰なのでしょうか?
 「多機能ペン」においてその主語は、そのペンを使う人間です。多くの場合、それは個人です。たとえば僕という個人が「多機能ペン」を使い、書き直す必要のある文章にはシャープペン機能を使い、書き直さない文章にはボールペン機能を使う、といった具合に。
 これに対して「多目的トイレ」はどうでしょう。僕が身体障害者であった場合、そのトイレを使う時、それは身体障害者用トイレ以外の何者でもありません。考えにくいのですが僕が妊婦だった場合、そのトイレは身体障害者用トイレではなく、ただただ妊婦に使いやすいトイレであるだけなのです。「多機能ペン」の場合のように、主語である人間個人にとっての多機能性は、「多目的トイレ」には存在していないのです。したがって、語法として「多機能ペン」の使い方とも、異なっているといえるのです。
 では、何がどう違っているのか。明確なのは、その主語だろうと考えます。僕はいましがた「多目的トイレ」の主語を身体障害者や妊婦であるかのように使ったのですが、それが間違っているのです。「多目的トイレ」の主語は、通常のトイレの使用が困難な人たちではなく、そのトイレを設置した「政府(自治体の行政も含む)」なのでしょう。そして「多目的」が意味するところの目的の一つひとつが「身体障害者に使いやすいトイレ」であったり「妊婦に使いやすいトイレ」であったりする。そうしたいくつもの目的を持ったトイレを「政府」が使う、というわけです。それはもちろん「政府」自身が使うのではありません。「政府が」身体障害者や妊婦らのために設置、維持するという使用方法で使うのです。
 つまり「多目的トイレ」というのは、たとえば「障害者のためのトイレ」ではあったとしても、「障害者のトイレ」ではない。あくまでも障害者と呼ばれてしまう人たちの存在は、そのトイレにとっての「目的」に過ぎず、「主語」ではありえないのです。この点が「多機能ペン」を使う、使用者個人という主語とは、全く異なる点なのです。
 「多機能トイレ」も同様です。「多目的トイレ」の「目的」を「機能」に言い換えればいいだけのことです。どれだけ使用しても、そのトイレの「主語」は障害者と呼ばれてしまう人たちではないのです。

 「多機能トイレ」を使用する場面において、人間であるはずの存在が「目的」化し、その主格を喪失してしまうということ。変わる手段がなく、恒常的に「政府」が「障害者のため」に目的化した資源を使用させられているということ。僕はこれが障害者差別であり、それによる人間性の消失原因の一つなのだと考えています。
 差別という根源的な問題から視線を逸らしたとしても、「障害者のための〇〇」には、多くの不都合が生じるのです。
 例として「多機能トイレ」で考えてみましょう。まずその設置場所が「主語」である「政府」によって考えられているということ。たとえそれが「障害者のため」であったとしても、それはピンポイントでは重なってこない。「障害者のため」とはいっても、経済効率を優先させた上でのささやかな「障害者のため」という飾りであった場合、障害者が行きたいところではなく、消費者として来て欲しいところに設置される。この場合の直接の設置者は「政府」ではない場合が多いのですが、同じことだと思います。来てほしい場所に設置されることはそれはそれでよいのですが、かならずしも行きたい場所がそれと重なっているわけではない。たとえ設置されていたとしても、用具置き場になっていてトイレとしては使えなかった、などということは僕も何度も目にしてきました。公共施設という、行きたい場であるにもかかわらず、「多機能」であることをいいことに「AV撮影現場」よろしく「用具置き場」として市役所の職員が使っていた例もあるのです。
 また「障害者のために」作るので、その設置や維持に関する費用が「政府」の裁量次第となる点も問題です。そのためになかなか設置されない場所があったり、古くなったり壊れたり、汚れたりした「多目的トイレ」が修繕されないまま放置されていることも多いでしょう。
 今回の「AV撮影現場」としての使用について、「障害者のトイレ」であるのならば「俺たちのトイレで、そんなことをするな!」と強く怒ることもできると思います。しかし「障害者のためのトイレ」であるために、管理するべき主格の側(政府)は「障害者の使うトイレですから、AVの撮影はご遠慮ください」と正論を常識的に述べる程度になってしまいます。
 この人間の「目的」化という差別によって失われている大切な一つが、「怒る」という行為なのです。「障害者のための〇〇」が次々と誕生し、それらを便利に使いこなさせられているうちに、障害者と呼ばれてしまう人たちは「自分の〇〇」を失っていきます。「自分の〇〇」が無くなった者は、もう「自分の〇〇」のために怒ることができなくなるのです。

 ここからは、いつもの話です。「多機能トイレ」の持つ差別の様式は、それにとどまらず「多機能住まい」ともいうべきグループホームや、「多機能相談支援」など「障害者総合支援法」にも、そのまま見ることができます。その内容も、かける予算も、「政府」のさじ加減一つ。なぜなら「障害者総合支援法」は「政府」(そして国民)が使用者としての「主語」なのですから。「さまざまな障害者のために使う」という「目的・機能」のために、「政府・国民」が使うのが「障害者総合支援法」なのです。障害者と呼ばれる人たちが「障害者総合支援法」を使っているなどという幻想は、まかり間違っても抱くべきではないのです。障害者と呼ばれてしまう人たちは「目的」化されてそれを使用するうちに、次第に主格を消失していきます。そしていつか「怒り」をも失ってしまうのでしょう。
 「障害者虐待防止」や「障害者権利擁護」の法制度も同様です。それらは障害者と呼ばれてしまう人たちが求める、虐待のない社会や、権利が護られている世界を目指しているのではありません。おおむねそれと一致するとしても、目指しているのはあくまでも「政府」及び「大多数の国民」から見て、障害者がこんなふうに暮らしている姿が虐待も無く、権利が護られている、わたしたちにとって心休まる感じだな、とイメージされる社会に過ぎないのです。なぜなら「障害者虐待防止」や「障害者権利擁護」の法制度の主語は「政府・国民」なのですから。それらが究極目指している世界は「政府・国民」にとって、こんなふうに当たり障り無く美しい障害者でいてくれるお花畑に過ぎないのです。
 「障害者総合支援法」の現場において、そして「障害者虐待防止」や「障害者権利擁護」の現場において、何度も何度も「本人主体」とか「本人を真ん中において」とかという言葉が叫ばれます。なぜなのでしょう。答えは簡単です。もともとそれらの法制度とシステムが障害者と呼ばれてしまう人たちを「主語」にしていないのですから。だから、わざわざこれらのスローガンを付加しなければならないのです。そしてそれらのスローガンが、括弧付で一つの秘密を隠していることを忘れてはなりません。
 「(主語であるところの「政府・国民」に差し支えない範囲での)本人主体」
 「(主語であるところの「政府・国民」に差し支えない範囲で)本人を真ん中において」
 現場で真面目に取り組んだ人間であれば、実はこの括弧付には気がついているはずです。気がついているのに大半の輩は、括弧付を省略して綺麗なスローガンを叫び続け、飯を食っている・・・。
 「本人主体! 本人を真ん中において! なんて素晴らしいんだろう!!!」

 「多機能トイレ」については、最初に書いた理由から、名称を変えた方がよいとは思います。しかしそのことよりも、「多機能トイレ」という「障害者のための〇〇」の正体を理解して使っていくことが大切なのだと僕は考えています。
 同様に「障害者総合支援法」「障害者虐待防止」「障害者権利擁護」の各法制度、システムについても、それを拒絶するのではなく、その正体を理解した上で使って行くことが必要なのでしょう。そしてその関係職員については、その正体を理解した上でその労働をすること。そして正体を理解した場合に気がつく不都合について、知らん顔をしないこと。気づかぬふりをしたなら、そのツケは障害者と呼ばれてしまう人たちが一身を背負わされてしまうのです。

 論が逸れ、いつもの話の繰り返しになってしまいました。新年最初のブログなので、どうぞ、お許しください。
 「障害者総合支援法」「障害者虐待防止」「障害者権利擁護」によって生じる障害者差別。それから障害者と呼ばれてしまう人たちを護る手段があるとしたなら、僕はやはり「もうひとつ」をもとめ続けることなのだろうと思います。それはフェリックス・ガタリが言った、「別の場に立つ」ということ。

 精神医学改革のために持ち出された技術的手段としては先ず、病院内部の改革・人間化、作業療法、社交療法、責任感の意識化、療法クラブの創設……等々がありました。この結果、いくらかの効果はありましたが、それは精神医学の根本的な抑圧性を変えることはできなかったし、またそれほど有効なものではありませんでした。次に考えられたのは、病院外活動です。患者クラブ、患者の家庭訪問、患者たちのための保護工房……等といったものです。私としてはそれが全然効果のないものだったと言うつもりはありませんが、しかし不幸なことに、それはときとして抑圧の性質を変えながら、かえって抑圧を強化することになったと言わねばなりません。そのために、この種の活動は精神病院のミニチュア化と言われることにもなったのでした。
          
(中略)

「アルテルナティフ」というのはつまり別の場に立つ、精神医学の問題の外にでるということです。再び別の精神医学をやるということではなしに、別次元の解決を見出そうとすることです。
(『現代思想 1982年1月号 特集=現代フランスの思想』(青土社)
「シンポジウム 精神医学的状況」より)


 「障害者総合支援法」「障害者虐待防止」「障害者権利擁護」を捏ね繰り回して解決を見出すのではなく、ガタリが「精神医学の問題の外にでる・・・再び別の精神医学をやるということではなしに」と指摘しているように、「別次元の解決を見出そうとする」ことが重要なのです。
 僕においてそれは、何度も何度も繰り返しますが、たとえば「裕子さんとの暮らし」なのです。「障害者総合支援法」「障害者虐待防止」「障害者権利擁護」においては「目的」化されてしまう裕子さんですが、彼女が「主語」であり続けられる場を「再び別の総合支援法・虐待防止法・権利条約をやるのではなしに、別次元に見出す」ということ。
 「俺たち、一緒に暮らそうぜ!」
 裕子さんが、確実に主語の一人として存在している「俺たち」という世界。「政府」による制度やシステムとは別次元の・・・。
 これは「障害者総合支援法」の示す「(主語であるところの「政府・国民」に差し支えない範囲での)裕子さんの暮らし」ではなく、
 「障害者虐待防止」の示す「(主語であるところの「政府・国民」に差し支えない範囲での)裕子さんへの虐待防止」でもなく、
 「障害者権利擁護」の示す「(主語であるところの「政府・国民」に差し支えない範囲での)裕子さんの権利を護る」でもない。
 「別次元」とはつまり、「政府・国民」という主語から逃げること。たとえばそれが僕の場合には「俺たち」という別次元の「主語」なのです。
 そして僕のいう「もうひとつ」は「俺たち」という主語だけに生きるのではなく、「政府・国民」を主語とした法制度や仕組みも必要に応じて、使って行くということです。
 大切なことは、どれを選ぶかという択一を、障害者と呼ばれてしまう人たちに強制するのをやめることです。別次元にまで広がる「もうひとつ」を、常に創造し、提供し続けることなのだと僕は考えます。

 2016年のはじまりに、トイレの話からで恐縮ですが、年頭に記録しておくこととします。
posted by 五十嵐正人 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 五十嵐の意見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月30日

革命権もしくは抵抗権を日本国憲法に

 2015年9月19日午前3時になろうとしています。ほんの30分ほど前に、安全保障関連法が成立しました。
 僕はここ数年、表題にある考えを何かの形で書いておきたいと考えていました。そしてそれを何度も何度も実行に移し、しかし何度も何度も書き切ることができずに日々を過ごしてきました。書き切ることができなかった理由は、この内容が危険な要素を含んでいるからです。それは誤解されたら、という前提つきの危険ではなりません。論が正確に伝わったとしても、「革命権」「抵抗権」の行使そのものが、時として恐ろしく危険な結末に繋がりかねない可能性が予測されるからです。
 しかし安全保障関連法が成立したことで、すなわち「集団的」を含めて「自衛権」が法律上明文化された以上、「革命権」「抵抗権」の明記も必須になってくる。僕はそう考えています。ですから、このタイミングで書き切ることとしました。
 僕は日本国憲法に「革命権」もしくは「抵抗権」を明記するべきだと考えます。

憲法九条は護るべき

 民主主義国家としての成熟度という点を度外視しても、僕は憲法九条の改正には反対です。
 法律と権利の考え方には大きく二つの流れがあって、一つは法律に書かれていることがすべてであってそこに書かれていない権利は存在しないという考え方。もう一つは法律に書かれていなくても、より自然な権利は存在しているという考え方。僕は日本における法律と権利の考え方は後者だと理解しています。ですから「自衛権」と、これから書いていく「革命権」「抵抗権」は国内法に明記されていなくても存在していると考えています。
 多少の偏見を覚悟でいうなら、成文化されていないより自然な権利が存在するという考え方は、「言わずもがな」というような文化を持ってきた日本には合っているように思うのです。たとえそれがより完成された法律の概念に合致しなかったとしても、日本には日本的なものの考え方でいい場合もある。それが僕の考えです。
 ですから、僕は明確に憲法九条の改正には反対です。明記されていなくても「自衛権」は存在する。ただし、そこには「集団的」は含まれないし、まったく必要ない。これが僕の、憲法に対する最優先の考え方です。
 ところが安全保障関連法が成立してしまいました。僕はこの現行の憲法に抵触する恐れのある法律については、何らかの方法でその効力を無くす。もっともよいのは廃止することだと思っています。
 しかしそのためには、おそらく政府の構成が爆発的に大きく変わることが必要なのでしょう。現実には難しいのかなと思います。そうすると、残念なことに一部の資本家、とりもなおさず「防衛装備移転三原則」で潤う武器商人的企業や、アメリカとの相乗りでどこかの国家を焦土と化しその復興で儲ける企業などですが、そうした資本家の利益を保障する安全保障関連法の方が優先される。彼等の利益は、そこに群がる政治家の喜びに直結しているのですから。けっきょくのところ、安全保障関連法を活用して資本の蓄積をしたい人たちの思惑が優先され、その最大限の効果を阻む憲法九条の方が改正の方向に進むのだろうと、僕は絶望的な未来を予想しています。
 もし、本当にそうなってしまうのなら、つまりこれから憲法改正の議論が出てくるのであるなら、という前提つきで僕は日本国憲法に「革命権」「抵抗権」を明記することを提案するのです。
 本当は憲法改正はするべきではない。しかし憲法に「自衛権(集団的は論外)」が入ってくるのなら、「革命権」もしくは「抵抗権」も明記すべき、というのが僕の考えです。
 さて、それではこの「革命権」「抵抗権」とはどのようなものなのか、法律に浅学の僕の理解で恐縮なのですが、説明してみたいと思います。

国民の権利であり義務でもある「革命権」もしくは「抵抗権」

 こんなふうに考えるとイメージしやすいかな、と思います。
 他国が我が国を脅かしてきた時に、我が国がそれと闘う権利が「自衛権」。
 自国政府が国民を脅かしてきた時に、国民がそれと闘う権利が「革命権」「抵抗権」。

 ということです。「自衛権」と「革命権」「抵抗権」は、このようにセットで考えるとより明確になると僕は思っています。実際に行使される時は関連していない場合が多々あるのでしょうが、両者が関連する場合を想定すると見えやすくなる。一番明確なのは戦争状態であるのだろうと僕は考えます。
 太平洋戦争で日本は敗戦しました。それもあまりにも大きな犠牲を払っての敗戦です。二つの原爆を落とされ、いくつもの都市が空襲で焦土と化し、沖縄ではまったく戦況に無関係な玉砕が行われ、「多くの人」という言葉では言い尽くせない想像を絶する犠牲を払っての敗戦でした。もし、開戦する時点でこうなることが正確に予測されていたなら、開戦はなかったに違いないと思います。
 しかし、日本は開戦しました。その開戦に向かう思考の大きな一つが「自衛権」の行使ではなかったのでしょうか。当時の日本が置かれた資源、エネルギーの供給を国際的に断たれた状態。そこから生まれた自衛のための戦争という側面。先の安全保障関連法案の議論の中でもエネルギーを断たれた場合が想定されたことかありましたが、つまりそれは「自衛権」を身勝手に解釈することで、正当な権利行使と思い込むことができる要因なのです。ついでに書いておくならば、今後もエネルギーを断たれたことで安全保障関連法による「自衛権」か行使できるのだとしたなら、僕らは原爆が投下され、空襲で焦土と化し、玉砕を強要される結末にいたるような戦争を、学習能力が欠如したままふたたび行いうる、ということなのでしょう。
 論を戻します。「自衛権」は先の大戦のように暴走しますし、かりにまったく正当だったとしても、それによる結末が「正当な行使だった」ではすまされない甚大な犠牲を生むものだったとしたなら、はたして「自衛権」は行使されるべきでしょうか。先の大戦を例にとるなら、そんな犠牲を払うのなら、開戦ではなくもっと外交努力を重ねて打開の道を切り開いてほしいと国民が願うことができるべきだと思うのです。その究極の形が、「革命権」「抵抗権」の行使なのです。他国が侵略してきた時に、どんなことをしても、武力を持ってしても自国を守るために「自衛権」を行使するのと同じ理屈です。自国の政府が国民を破滅に導く方向に動こうとしたり、著しい権利侵害、横暴な民主主義破壊を行おうとしたりという時には、なんとしても場合によっては武力を持ってしてもそれを許さない、それが「革命権」「抵抗権」の行使なのです。
 最初に「革命権」「抵抗権」の行使についてその危険を書きましたが、それは武力を行使する場合もありえるということです。つまり「自衛権」の暴走と同様に「革命権」「抵抗権」にも暴走した場合の危険があるということを心にとめておいてください。
 さらに「革命権」「抵抗権」の理解を深めるために、それぞれに分けて例を示したいと思います。

 僕は「革命権」「抵抗権」を並べて書いていますが、まったく同じものというわけではありません。僕の中ではどちらもその歴史を辿っていくとジョン・ロックの考えに行き着くのですが、その実行された形を見ると明確な違いがあります。
 両者の違いを示す前に、ジョン・ロックの考えを簡単に引用しておきます。

 統治の目的は人類の善にある。そうであるとすれば、人民が暴政の際限のない意志にさらされることと、支配者が、その権力を濫用するようになり、それを人民の所有物の保全にではなく破壊に用いる際にはときとして抵抗を受ける場合とでは、どちらが人類にとって最善であろうか。

(「完訳 統治二論」ジョン・ロック著 加藤節訳 岩波文庫)

 このロックの考えが具現化された歴史が、アメリカ独立戦争、フランス革命などだとされています。この二つはどちらも「革命権」の行使された例だといえます。前者は当時アメリカ大陸を支配していたイギリス政府に対する革命権の行使。そして後者はフランス王室や貴族という支配者階級への革命権の行使です。アメリカ独立宣言の文章が「革命権」のなんたるかをよくしてしるので、引用しておきます。

 われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。そして、いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有するということ、である。もちろん、長年にわたり樹立されている政府を軽々しい一時的な理由で改造すべきではないことは思慮分別が示す通りである。従って、あらゆる経験が示すように、人類は、慣れ親しんでいる形態を廃止することによって自らの状況を正すよりも、弊害が耐えられるものである限りは、耐えようとする傾向がある。しかし、権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような政府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である。

(「独立宣言」 ※「アメリカンセンターJapanと国内3都市(札幌・大阪・福岡)のアメリカンセンター・レファレンス資料室」によって運営されているサイト『About the USA』より引用)


 この最後の部分「しかし、権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような政府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である」という部分は、「革命権」のとても分かりやすい説明の一つだろうと思います。
 一方「抵抗権」の例として僕が真っ先に思い浮かべるのは水俣病に対する住民の闘いです。
 石牟礼道子の「苦海浄土 わが水俣病」を例にすると、次の通りです。
 「昭和三十四年十一月二日」という章には、当初の陳情やデモが秩序をもったものであることが書かれています。それは、国会議員に実態をしってもらって、議会制民主主義のシステムの中で問題を解決してもらおうという運動でした。この段階では、陳情もデモも「抵抗権」の行使ではないと考えます。
 しかし、それはすぐに無秩序な暴動に変わりました。
 そこにいたるまでには日本政府や熊本県の怠惰ともいえる対応がありました。

 厚生省に行ってみると、「魚の有毒化したのを食わんようにするのは−−大体三十一年には魚を食うてなるとわかっとったですから−−うちの仕事ですが、それから先の魚の販売のことは、農林省の管轄です」という。じゃ、こういう毒魚、いや何か詩らんが、工場があって汚水を流すから、流れんごとしてくれ、取り締まってくれと、厚生省の環境衛生あたりでいえば、「それはもう通産省の管轄だ」という。結局どこし行っても、これは農林省、これは通産省、たとえば、水俣病の研究費のことをきけば、それは文部省という工合で、いざもらう先は大蔵省ちゅうし、馴れん田舎者がですね、五つの省にまたがって、廻される始末でした。

(「苦海浄土 わが水俣病」石牟礼道子 講談社)

 こうした政府の怠惰な対応の末に、デモは逮捕者を出す暴動へと変わっていきました。

 衆議院の水俣病調査団が水俣市に着いた二日、不知火海沿岸漁民約二千人と警官隊三百人が新日窒水俣工場で激突、漁民の血が、警官の血が流された。問題は漁民と工場の関係だが、この最悪事態は避けられなかったのだろうか。

(「苦海浄土 わが水俣病」)


 この暴動の直接の矛先は水俣病の原因物質を流す工場であったのでしょう。しかし、少なくとも昭和31年には原因が分かっていたにもかかわらず、たらい回しにし続けてきた政府の怠慢が見逃されてよいはずはありません。先のアメリカ独立宣言の文章を思い出してみてください。
 「しかし、権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような政府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である」
 次々と住民が発病し、亡くなっていった。それでも政府に捨ておかれていた状態は、「権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き」以外のなにものでもありません。
 僕は、この暴動に「抵抗権」を見るのです。
 少なくとも僕は、この民主主義に反すると言われかねない暴動を、非民主的だと切り捨てる気にはならないのです。彼らに対して「発病しても死んでも、選挙で選んだ議会制民主主義の結果だから、暴動はだめだよ」などと諭すことが正義だとはまったく思えないのです。むしろ、この暴動にこそ民主主義を感じてしまう。この暴動が示しているのは「選挙が象徴する議会制民主主義に従うことが民主主義」なのではなく、「選挙という民主主義の手続きによって選ばれ承認された権力が非民主的な間違いを犯している時には、選んだ民衆自身が責任をもってそれを是正することが民主主義」なのだという真実ではないでしょうか。
 アメリカ独立宣言において「革命権」が「人民の権利であり義務である」とされたのと同様に、「抵抗権」もまた「権利であり義務でもある」のでしょう。
 そしてもちろん、無秩序に行使されるべきものではないと僕は考えます。たとえ行使の形が無秩序な暴動であったとしても。「苦海浄土 わが水俣病」は、「抵抗権」を行使した漁民の思いを伝えています。

 銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、四十二人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。そのあと順々に六十九人、水俣病になってもらう。それでよか。

(「苦海浄土 わが水俣病」)

 こんなにも平等で、バランスのとられた主張が、他にあるでしょうか。過分の暴力を振るおうというのではなく、過不足ない対応を求めているのです。呪術という抵抗手段に実効性があったなら、これはもっともバランスのとれた「抵抗権」の行使だろうと思うのです。「抵抗権」は被っている権利の侵害などに対して、過度なものでもいけないし、不足なものであってもいけない。僕は水俣病を巡る暴動に、正当な「抵抗権」の行使を見るのです。
 現在の日本の中で「抵抗権」の行使を探すなら、僕は沖縄の基地問題への県民の闘いをあげたいと思います。争点となっている基地移設の問題は、それだけを切り取って論じられるものではありません。在日米軍基地の約75パーセントをずっと押しつけられ、米軍機の墜落事故に怯え、さらには日米地位協定のもとで犯罪に脅かされ続けている状況は、やはり「権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるとき」にあたると思います。沖縄県民の基地移転にともなう新たな基地建設への抵抗は、それが今まで以上の暴動になったとしても、正当な「抵抗権」の行使だと僕は考えます。
 この運動が、いつか沖縄の日本からの独立に繋がったとしても、それは正当な「革命権」の行使であるのでしょう。僕はそれを否定する民主主義的論拠を、一切持ちあわせてはいないのです。
 このように「抵抗権」と「革命権」は地続きの場合もあって、それだけに区別しにくいものでもあるのですが、同じものとして括ることもできない、それぞれ別の権利なのです。

抑止力としての「革命権」「抵抗権」

 「革命権」「抵抗権」は、このように時として血を流すことをも厭わず行使されるものです。先の大戦の例でいうなら、原爆を投下され空襲を受け、玉砕を強いられるくらいなら、開戦前に開戦を主張する政府要人をすべて暗殺してでも戦争を避けた方がよかったという「抵抗権」がありえるということてす。あるいはドイツではヒットラーがでて、ユダヤ人の虐殺を行いました。水俣病の呪いにしたがって言うなら、一人目のユダヤ人がガス室に送られた時点で、ヒットラー一人を殺してその後の虐殺を防ぐという「抵抗権」の行使は、まったく正当なものだと、僕には思えます。
 もちろん「革命権」「抵抗権」の行使の方法は、暴力的、あるいは血なまぐさいものだけとはかぎりません。平和な手法もありえるのでしょう。しかしそう考えて暴力性を薄めて「革命権」「抵抗権」を考えるよりも、武力を持っての抵抗も辞さないという危険性をしっかりと認識して「革命権」「抵抗権」を理解した方がよいと思います。
 そんな「革命権」「抵抗権」ですが、僕はその最大の効果は、実際の行使よりも抑止力にあると考えています。安全保障関連法によって世界最強のアメリカと集団的自衛権というタッグを組むことが抑止力となりアジアの平和が守られるという理屈。そこで使われるのと同じ単語である、抑止力です。
 今回の安全保障関連法が成立する過程で、反対のデモが全国各地で繰り広げられました。このデモは、それがデモであるかぎりにおいて、議会制民主主義の範囲内の反対運動です。議会制民主主義で選ばれた政府が間違いを犯した時にそれと闘う「革命権」や「抵抗権」の行使ではありません。そのためか、政府は一種の産みの苦しみ程度にしかデモを見ていない感じがありました。デモがあっても、法案は成立する。さらに言うなら、どんな法案であったとしても、それが国民を危険に晒す非民主的な法案であったとしても、デモ以上の抵抗手段がないかぎり、デモさえやり過ごせばいい。言い方を変えるなら、デモさえももはや、審議会や公聴会のような、国民の声を聴いていますよ的なセレモニーとしてしか政府は考えていないのかもしれません。それをやり過ごすことで、逆に国民からのお墨付きをもらったみたいな感覚でさえあるのかもしれないのです。
 これはアメリカでかつて行われたヴェトナム戦争反対のデモとは、まったく異質なものだといえるでしょう。参加者の盛り上がりは同じように真摯なものであったとしても、ヴェトナム反戦デモの場合には、後にヴェトナムからアメリカが撤退するという結末がもたらされました。もちろん、それはデモだけの成果ではありません。しかしデモに参加した民衆にも、そしてそのデモを受け止める政府側にも、日本のデモとはことなる何かがあったのだと、僕には思えてなりません。日本のデモには存在しない、その後ろに控えている「革命権」「抵抗権」という抑止力がそれなのではないかと考えます。
 アメリカはおそらく日本同様、憲法にあたるものに「革命権」「抵抗権」を明記していないのだろうと思います。しかし現在のアメリカそのものが「革命権」の行使によって成立しているという歴史を持っています。明記していなかったとしても、他の誰よりも民衆の抵抗する力の大きさを知っているのがアメリカ合衆国政府自身なのではないか。デモをしょせんデモだとあなどっていたなら、その後に「革命権」もしくは「抵抗権」の行使というとてつもなく巨大な抵抗がまっているということ。それを歴史の中に持っているアメリカにおけるデモは、日本のそれとは根本的に異質なのではないでしょうか。デモを単なるセレモニーだとたかをくくった時、日本の場合には政府の思惑通りの法案成立がまっていても、アメリカの場合には「革命権」「抵抗権」の行使が待っている。その違いです。
 けっして日本のデモのやり方が悪いのではなく、デモ参加者の人数が少ないのでもない。デモの後ろに「革命権」「抵抗権」という、政府の蛮行に対する抑止力が日本には存在していないということなのだろうと、僕は思うのです。
 実際には、「革命権」「抵抗権」は行使されない方がいい。しかし「これ以上の政府の蛮行に対しては行使する」というリアリティがなければ、抑止力にはならない。それが抑止力にならなければ議会制民主主義の範疇での平和な反対運動が、政府にとってはセレモニー以上の効果を持ち得ない。
 だから、僕は憲法が改正されるなら、「革命権」「抵抗権」を憲法に明記することを望むのです。
 先に書いたイメージを再掲します。
 他国が我が国を脅かしてきた時に、我が国がそれと闘う権利が「自衛権」。
 自国政府が国民を脅かしてきた時に、国民がそれと闘う権利が「革命権」「抵抗権」。
 そして加えて書くなら、
 「自衛権」の憲法明記は、我が国が他国に脅かされないための抑止力になる。
 「革命権」「抵抗権」の憲法明記は、国民が自国政府に脅かされないための抑止力になる。
 最初に書いた通り、僕は法律に書かれたことが権利のすべてだとは考えていません。しかし、これは日本人全体のコンセンサスでは無いようです。法律に書かれたことが権利のすべてだと考えている人もきっといるのでしょうし、それ以上に自身の権利を自ら法律で縛っている人も多くいます。僕は障害福祉に関する仕事をしていますが、この世界には憲法に明記されている「生存権」や「基本的人権」よりも「障害者総合支援法」の方を優先する、不可思議な非民主主義的な人が大勢います。それらの人たちは多くの場合、目の前で起きている障害者と呼ばれる人の苦悩している姿よりも、対応マニュアルを優先します。残念ながら、マニュアル化が異質かつ異常に進行してしまっているこの国においては、もう「言わずもがな」というような感覚は成立しないのかもしれません。安全保障関連法が成文法として明記されてしまった今、この戦争マニュアルの方が憲法九条よりも優先されるであろうことは想像に難くありません。ですから、憲法に「自衛権」が明記される改正が行われるならば、「革命権」もしくは「抵抗権」の明記も必要なのです。
 「革命権」「抵抗権」が抑止力として存在していないまま、軍隊が整備されていく未来、それはおそらく太平洋戦争前夜と同じようなものなのではないでしょうか。一部の国民が反対の平和的行動を起こしたとしても、そのセレモニーを産みの苦しみだとうそぶきながら、政府は治安維持法のような法律を通していく。それが通ってしまったら、もう抵抗したくてもできないのです。
 デモに代表されるような反対運動と、「革命権」「抵抗権」をもう一度整理しておきます。
 デモなどは、民主主義の手続きとして承認されている多数決の原則に基づく議会制民主主義の範囲内の手法です。そのため法律を逸脱しないように秩序だって行われます。直接的に国家の方針を決めていくようなものではなく、政府や議会、議員等に思いを伝え、議会制民主主義にのっとって、政府等の過ちを正そうという性質のものです。イメージとしては民主主義の原則であるところの多数決の中にある反対運動の手続きです。
 一方「革命権」「抵抗権」は多数決の原則によって選ばれた政府などが非民主的な暴政を行う時に、その選択をしてしまった責任において、義務としてもそれを正す、正さなければならない権利です。民主的な手続きであるところの多数決によって成立している政府の暴政と闘うことになるので、それは場合によっては民主的な手続きをとらない手法になります。具体的には武力の行使も含むもので、多数決の原則と並んで存在する民主主義実現の手法だといえます。民主主義という大きな存在の中に、二つの手法として「多数決」と、「革命権」「抵抗権」が並んでいるイメージで、僕は捉えています。
 この二つがあることで、民主主義及び国民は、政府の横暴から、より安全に守られるということなのです。デモだけでは、横暴を止めることはできません。「革命権」「抵抗権」だけでは、横暴を止めることはできても安心な社会は訪れないでしょう。政府を多数決の原則によって選び、その政府が暴挙に出る時には、その芽が小さい段階で国民はデモなどの民主的手段で反対をする。その背景に抑止力として「革命権」「抵抗権」が存在することで、政府にデモなどの反対運動をセレモニー化させない。そしてどうしてもどうしても防ぐことができない暴挙が行われる時には、国民は民主主義を守る義務としても「革命権」「抵抗権」は行使しなければならない。
 僕は、こういうことなのだと思います。

「革命権」「抵抗権」について考えはじめること

 しかし、反対も多いことでしょう。まず、民主主義とは多数決の原則がすべてだ、と考える国民が多くいるということ。僕は多数決は民主主義の本質ではなく原則に過ぎないと考えています。民主主義の原理は補完性だと考えているのですが、みんながそう思っているわけではありません。
 考えてみてください。多数決が民主主義そのものである場合、その結果が非民主主義になった時の説明がつかなくなるのです。たとえばヒットラーは選挙で選ばれて出てきて、ユダヤ人や障害者と呼ばれる人たちなどの大虐殺を行ったという事実。もし多数決が民主主義そのものだとするのなら、ヒットラーを選んだという民主的手続と、その結果として生じたユダヤ人などの大虐殺という非民主主義の行為との整合性がつかないのです。そのさいにも、多数決という民主的な手法で選ばれたヒットラーが行ったのだから、ユダヤ人等の大虐殺も民主主義的行為だという論になるのでしょうか。これはもはや、正常な思考とは思えません。
 別の点からも言うなら、議会制民主主義において多数決で選ばれるのは、議員という人間です。しかし、人間である以上、間違いをおかすし、当選後に大きく考えを変える場合もあります。その時に、リコールという手法はありますが、それはデモと同じで、背景に抑止力がなければ、およそ効果を持たないことでしょう。さらにリコールも計算に入れて、選挙の段階で候補者が周到な計画の元で、国民に嘘を付くことで当選した場合。騙されるのも民主主義、と考えることは、僕にはできないのです。
 多数決はあくまでも民主主義の原則に過ぎず、民主主義を保障するものではない。それが間違った選択である場合には、その間違いを選んでしまった有権者が責任をもってその間違いを正すということが民主主義なのではないか。
 こうしたことも含んで、「革命権」「抵抗権」は、まずなによりも、その実体や行使のあり方について、国民的な規模で話し合われなければならないと、僕は考えています。
 アメリカやフランスは、その歴史の中に「革命権」の行使という過去を持っています。ですから成文化されなくても国家の精神の中にそれはあるのでしょう。しかし日本にはそれがありません。したがって憲法に明記しただけでは、それをいかすことはできないのです。
 「革命権」であれ「抵抗権」であれ、場合によっては明記が叶わなかったとしても、僕らは歴史に持たない分、それを埋める努力をしなければならないと考えます。
 安全保障関連法案については、国会という場が中心となってその行使等についての議論がされました。「革命権」「抵抗権」についても、「自衛権」同様、暴力的行為の可能性を強く含んでいる以上、その憲法明記までには国会での激しい議論が必要になることでしょう。しかし、それ以前に「革命権」「抵抗権」は国民側の持つ権利であることをわすれてはなりません。おそらくそれは、国会での議論を終着点として、何よりもまず僕ら国民の暮らす平場での議論からはじまるものであるべきだと思います。それは井戸端会議や知人、家族などの間での会話からはじまり、集会や研究会やシンポジウムなどに発展していくことが理想なのでしょう。ただし、僕も含めて、一般の市民には「革命権」「抵抗権」への知識が充分にはありません。そこを補う情報の提供が、「革命権」「抵抗権」に詳しい思想家や学者などから必要となります。インターネット上で、あるいは対面で聞くことのできる、明治維新前の私塾のような場。そうした平場での議論の成熟の先に国会での議論がなされることが望ましいと考えます。
 ただ、憲法九条を変更することを狙った憲法改正のスピードに、それが間に合うかどうかという危惧はあるのですが。

近代国家におけるルールとしての「革命権」「抵抗権」

 ここまで、日本国内の視点で「革命権」「抵抗権」を論じてきました。最後に国際的な視点から、その必要性を明らかにして終わりたいと思います。
 「革命権」「抵抗権」が成文化されている国は、まだほとんど無いようです。しかし皆無というわけではなく、ドイツの基本法には「抵抗権」が明文化されていると聞きました。調べてみると、下記の通りです。

(1) ドイツ連邦共和国は、民主的かつ社会的連邦国家である。
(2) すべての国家権力は、国民より発する。国家権力は、国民により、選挙および投票によって、ならびに立法、執行権および司法の特別の機関を通じて行使される。
(3) 立法は、憲法的秩序に拘束され、執行権および司法は、法律および法に拘束される。
(4) すべてのドイツ人は、この秩序を除去しようと企てる何人に対しても、他の救済手段が存在しないときは、抵抗権を有する。

(「ドイツ連邦共和国基本法の基本理念を破壊する政治行動に対する抵抗権(第20条4項)」 Wikipedia「抵抗権」より)
 
 ドイツの「抵抗権」は1968年にドイツ連邦共和国基本法に追加制定され、現在でも効力を持っているとのことです。
 僕にはドイツという、ヒットラーを生んだ国において「抵抗権」が成文化されていることを、ただの偶然とは思えません。
 今日のようにいくつかの国で核兵器が保有され、一つの国家の軍事的な暴走が世界を破滅させかねない状況においては、その暴走をその国の国民がどんなことをしてでも止める手段を持つということが、国際的なマナーとして、あるいはできることならルールとして必要なのではないでしょうか。
 「革命権」「抵抗権」は、このように近代国家においては、軍備の保有をともなう「自衛権」とセットで存在していなければならないものだと考えます。

 何度も何度も繰り返します。
 僕は憲法改正をせず、安全保障関連法が廃止されることを望みます。
 しかしそれがなされずに憲法改正になるのなら、それによって予測される政府の暴走を国民が権利として、そして義務として抑える「革命権」もしくは「抵抗権」の憲法への明記を求めます。
 そしてそのために、僕ら国民の一人ひとりが、この危険な権利及び、その保有、行使について真剣に考えはじめる必要があると思っています。
posted by 五十嵐正人 at 19:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 五十嵐の意見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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