2014年03月03日

母語を取り戻そう (『もうひとつの福祉』137号 2014年2月 より)

母語を取り戻そう
(『もうひとつの福祉』137号 2014年2月 より)


 前号で書いた『本当に、よく考えてみませんか』と、五十嵐がやっているブログ「もうひとつの福祉」に書いた、袖ヶ浦福祉センター養育園の虐待事件についての3本の記事に対して、多くの反響をいただいています。(ブログの記事については下記で)

 『袖ヶ浦福祉センター養育園利用者への虐待についての考え』2013年12月29日
 『本の紹介『夜と霧』(フランクル) 「袖ヶ浦福祉センター虐待事件」と「グループホーム建設反対運動」に思う』2014年1月27日
 『袖ヶ浦福祉センター養育園の事件についての報道に違和感を感じます』2014年2月1日

  
 反響は驚くほど大きなもので、そのほとんどすべてが共感してくださるご意見です。このことは、思い切って書いてみた僕にとって、とても心強いエールになっています。
 そんなご意見の中に「現場での虐待とシステムによる管理の中で、僕らはどうしたらいいのか?」という声がいくつかありました。障害を持つ人やそのご家族からも、事業所や施設などで障害を持つ人たちと接している人たちからも、同じようにこの質問が届いています。
 僕は「逃げること」が必要だと考えています。そしてそれは一人でではなく「誰かと一緒に逃げること」。さらにその逃げ方は真正面から戦うのではなく、現状を活かしながら「もうひとつ」の何かを獲得し、求め続けることだと思っています。その実践が「ばおばぶ」であり、村上弓子さん、森山裕子さんと僕らの暮らしなのです。
 とはいっても、何からどう逃げたらいいのか、など、実際に動き出すために知らなければならないことがあります。それについて日頃僕が心がけていることを一つ、今回は書いてみようと思います。大事なことに気付くためのオマジナイのようなことです。

 出典が明らかではないのですが、フランスの小説家アンドレ・ジッドの言葉にこんな言葉があるそうです。

  人は外国語を学習した時に、その国を憎めなくなる。

 僕がこの言葉を聞いたのはまだ学生で、ボランティアとして障害を持つ人たちと関わっていた頃のことです。当時、日本では国際ペン大会が開催され、世界各国から著名な作家たちが来日していました。そこで大会の関連事業がいろいろと行われていて、その一環だったのでしょう、教育テレビで「現代文学の可能性」というタイトルのシンポジウムが放送されました。シンポジストは、ウィリアム・スタイロン(「ソフィーの選択」で著名なアメリカの作家です)、アラン・ロブ・グリエ(ヌーボー・ロマンを代表するフランスの作家です)、大江健三郎の三人。そして聞き手として加藤秀俊が加わっていました。
 世界的な小説家3人のシンポジウムということで、自然な流れだったのでしょう。シンポジウムの終わりの頃に、お互いが理解し合うというような前向きな意味合いで加藤秀俊がこの引用をしたのです。
 しかし、僕の受け取り方は違っていました。当時からひねくれた性格だったせいなのでしょう、僕はこの言葉を「相手を仲間に引き入れたければ、こちらの言語を習わせればいい」という意味に理解したのです。
 このひねくれた理解のおかげで、僕はその後の福祉の基礎構造改革や支援費制度、自立支援法、さらには総合支援法といった目茶苦茶な流れに飲み込まれることなく、ずっと変わらない「ばおばぶ」を続けてこれているのです。
 新しい福祉制度がはじまるたびに、日本中でその制度内容を理解するためのフォーラムやシンポジウム、勉強会などが開催されました。主催するのは障害者やその家族の団体だったり、かれらを支援する団体だったりします。多くの場合彼らは、行政に対して不信感を持っていて、その行政に騙されないように制度を良く理解し、賢く制度を使うんだ、みたいな気持ちでいたように思います。しかし、制度が変わるたびにその制度を学ぶという繰り返しが、彼らを気付かぬうちに行政の良き理解者に変質させてしまいました。彼らはもう、自分の大切な人たちの暮らしについて、あるいは自分自身の生き方について、障害福祉という国の言語でなければ話せなくなってしまっているのです。
 グループホーム、相談支援事業、レスバイト、程度区分、個別支援計画、等々。
 これらの言葉は、本来僕らの言語では無かったはずです。
 いいですか、「グループホーム」という言葉は「住まい」の意味なのかもしれません。しかし「住まい」は僕らの当たり前の言葉では「家」なのです。
 「相談支援事業」を障害福祉語の辞書でひくと「困った時に相談する相手」と出ているかもしれません。しかし「困った時に相談する相手」は、僕らの普通の言語では「家族」だったり「親友」だったり「先輩」だったりが第一義として出てくるはずなのです。
 自分自身がよりよく暮らすためだったのかもしれません。我が子を守るためだったのかもしれないし、支援者であれば国をやっつけるためだったのかもしれない。そのために国の制度を一生懸命勉強したのでしょう。しかし学べば学ぶほど、憎めなくなるのです。知らず知らずのうちに懐柔されて、気がつけば、一番大切な人を、あるいは自分自身の暮らしを障害福祉の言語でしか言えなくなってしまったのです。
 支援費制度への移行の頃には、あんなに輝いていた福祉のリーダーが、本当に自分たちのことを考えてくれていた当事者団体の人たちが、今は自分たちの暮らしの場をグループホームと呼び、相談相手を相談支援事業所というようになってしまっている現実。口では今でも行政の批判をしていても、使う言語がその行政の障害福祉の言語になってしまっている。そんな輩が、今はみなさんの周りに溢れているのではないでしょうか。
 だから、取り戻してほしいのです。外国語を学ぶかのように障害福祉語を教え込まされるよりもむかし、僕らは普通の、当たり前の日本語を母語としていたのではないでしょうか。たとえ障害を持つ人のことであったとしても、「住まい」は「家」という言葉だったはずです。「困ったら相談支援事業所にいけ」ではなく、「俺が相談に乗ってやるから、困ったことがあったら言いにきな」だったのではないか。
 障害の有る無しに関わらず、僕らの母語は、障害福祉語ではないのです。
 制度を賢く利用するつもりで学び、けっきょくその本人さえ気付かぬうちに制度の手下になってしまったような福祉のリーダーたちを見ていて、僕はあんなふうにはなりたくないと思いました。だから制度を勉強しようなどという気持ちはさらさらありません。しかし否が応でも障害福祉の言語は福祉の世界に溢れています。ですからそれらを学んでしまうたびに、それ以上の時間をかけて母語での思考に磨きをかけるのです。大切な人のことを、いつまでも母語で考え、語り続けていくために。
 現実には日本の国において、多くの人たちが制度なくしては暮らしていけないのでしょう。ですから障害を持つ人やその家族、支援者という人たちは、これからまた日本中で行われる、「総合支援法の賢い利用法」みたいなシンポジウムやフォーラムに参加していくことになるのだろうと思います。このことは間違いではありません。でも、できることならもうひとつの語らいの場を持つことはできないでしょうか。
 制度を学ぶフォーラムなどは、障害福祉の言語で大切な人たちの暮らしを語り合う場です。そこに参加して勉強した後には、どうぞそれと同じか、それ以上の時間をかけて、大切な人たちのことを、母語で語り合ってほしいのです。
 それはたぶん、制度を学ぶフォーラムのような大きな集会ではなく、数十人程度だったり、二三人だったり、場合によっては独り言でもいいのでしょう。より小さな語り合いの場、一種ゲリラ的な場であった方がよいのだろうと思います。
 制度理解の勉強会で「知的障害をともなう自閉症者のグループホームでの普通の暮らし」という言葉を習ったら、その後にはかならず、母語で語り合ってください。つまりそれは「正人くんの家での普通の暮らし」という生き方を、取り戻し、忘れないということなのです。

 僕は、そんなふうに、いつでも、大切な人たちのことを考えるときには、母語を第一言語として使うようにしてきました。このことが、何から逃げたらいいのか、を考えさせ、「ばおばぶ」の道を間違わないように導いてくれているのです。
 たとえば、若い人たちと大切な人の事を考える時に、「ケース」という言葉を使わせないようにします。「ケース」なんて、僕らが普通に自分達の暮らしを省みるときに使う言葉ではありません。でも、この一言を使わなくするだけで、障害福祉語を学びすぎてしまった若い人は、大切な人の事を語れなくなってしまうのです。最初は、そんな小さなところから、母語を取り戻していくのでもいいでしょう。変わっていく福祉制度を勉強するな、というのではありません。その分、母語を大切にして取り戻そうということです。
 繰り返しになりますが、制度の勉強は間違いではありません。しかしそれだけで止まってしまうと、薬が毒になってしまうように、大切な人を制度に監禁してしまう結果になるのです。だから、制度の勉強で終わらせずに、勉強したことを母語で確認してほしいのです。人間の生き方としての嘘は隠れていないか、罠は仕掛けられていないか、母語はそれを教えてくれます。
 最近はパブリックコメントが流行っています。よりよい制度にするために市民の意見を取り入れるのは正しいことですが、それもまた資料の読み込みだけで終わったら毒になります。よりよい制度を、と思ってその制度を学べば学ぶほどその言語に染まっていく……。パブリックコメントを行政に送る前後に、どうぞ仲間たちでその内容を母語で語り合ってみてください。
 あくまでも僕らが大切な人のことを考えるのは母語によってであり、障害福祉の言語は第二外国語程度であるべきなのです。
 みなさんの周りにも、きっと大切な人のことを母語で語り合うことができる人がいるはずです。そういった人を見つけて、自分自身や大切な日とのことを、僕らの当たり前の言葉で語り合うことからはじめてみてください。その時には、くれぐれも個別支援計画とか、〇〇加算とか、そんな単語は禁物です。
 五十嵐も母語での語り合いなら大好きなので、必要な時には誘ってください。時間さえ許されれば、どこにでも行きます。

 と、いうこともあって、『今こそ「もうひとつの福祉」☆逃げようぜ、一緒に! 誰もが解放されるために!』のお知らせです。
 ※詳細はこちらでご覧ください。
 『今こそ「もうひとつの福祉」☆逃げようぜ、一緒に! 誰もが解放されるために!』
 五十嵐が話し手となって、素敵な絡み手の方たちと語り合います。
 五十嵐はまな板の上の鯉状態なのでどんな語り合いになるかは分かりません。でも、僕は母語を第一言語にして話したいと思っています。
 京都での開催なのですが、一般参加可能なので、お知らせしました。

        
 虐待事件は本当に悲しいことです。どうしたら防いでいけるのか、特効薬は思いつきません。でもとにかく、大切な人たちを障害福祉だけに委ねるのは、もうやめにしましょう。彼等の存在を母語で考えていきましょう。


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