2014年03月11日

社会福祉は何を目的としているのか?そしてみんなはそれを知っていて働いているのか!(「スピンオフ京都」の復習1)

 昨夜、京都から帰ってきました。

続ゾクっ!
 「誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2013」スピンオフ企画
いまこそ「もうひとつの福祉」☆逃げようぜ、一緒に!
誰もが解放されるために!
五十嵐正人さん(ばおばぶ)とのお話し会


話し手 五十嵐正人(ばおばぶ)
絡み手 福富恵美子さん(NPO法人 まーぶる)
    篠原文浩さん(社会福祉法人 イエス団)
    尾瀬順次さん(NPO法人 てくてく)
企画・司会 李国本修慈さん(有限会社 しぇあーど)

日時 3月8日(土) 18時20分〜20時40分
場所 メルパルクKYOTO 4階研修室5
渾身会 CHA CHA 21時30分〜


 に参加。
 この前の時間には、絡み手の福富さん、尾瀬さんの実践の現場の見学もできて、充実の時間でした。
 しかしもちろん、とてもこれだけの時間では意見を交わしきれるはずもなく(このことについては時間を読み違えて浪費してしまった僕の責任が大きいのですが)、さまざまなことが未消化のまま残りました。
 その残された課題のいくつかを、次の機会に繋げられるように、何回かに分けて書き残しておきたいと思います。
 3月8日スピンオフ京都に参加した方も、参加されなかった方も、どうぞご高覧ください。

絡み手1 福富恵美子さん(NPO法人まーぶる)のお話から
 第二部ともいえる渾身会の席で、少しゆっくりお話しする時間がありました。若い人たちも一緒のテーブルでした。
 そこで、障害福祉の仕事に関わっている若い人からの悩みにこたえるような話をしている中で出てきた言葉です。
社会福祉が本当は何を目的としているのか、多くの人が知らないまま働いている
 この、福富さんのご指摘は、今、福祉を語る上で重要なポイントだと思います。
 僕はこのブログの記事『本当に、よく考えてみませんか「(4)国家は、障害者への管理を手に入れた」 (『もうひとつの福祉』136号 2013年11月 より)』の中で、自分なりに考える社会福祉の正体について書きました。一部、引用します。

大学などで社会福祉の歴史を学んだ人は、実はよく分かっているのではないでしょうか。その始まりにおいて、社会福祉は単純に社会的弱者と言われる人たちを助けるためだけに成立したのではないということを。
 たとえば社会福祉の初期の形としてあった救貧活動は、単純にその人たちを救うためではなく、そうすることによって社会の不安要因を解消することも大きな目的だったのです。あるいはヨーロッパにおけるペストやコレラなどの伝染病に対して、罹患者を出さないように市民に対して行われた保健施策もまた、単純に市民を助けるためだけではなく、市民レベルで流行したペストやコレラが当時の特権階級に感染することを防ぐ目的でもあったのです。
 こうしてはじまった国の制度としての社会福祉が、現在は国民の幸福の追求のためであるなどと思うべきではないのです。障害者自立支援法も総合福祉法も、障害者の生存権と基本的人権を保障することはあったとしても、同時にそれは障害者をグループホームや相談支援等で管理する手段でしかないのです。


 社会福祉の正体について僕はこのように考えているのですが、より深めて考える必要があるように思います。
 それは、正体がわかったところでは終わりません。それなら、どうするのか。そういう社会福祉に何を望むのか、何を望むべきではないのか?
 そして何よりも、その正体を知らされないまま「社会で困難を抱えている人たちを助けたい」と純粋に思って、福祉の仕事に就く人たちに、僕らはちゃんと伝えなければならないのではないか。
 たとえば「あなたは純粋に、障害を持つ人を助けたいと思って働いているかもしれないが、その手法である社会福祉は、かならずしもそれだけを目的としているわけではない。いや、むしろそれは社会福祉の第一目標でさえないのかもしれない」ということを、しっかりと伝えた上で、仕事に取り組んでもらうべきなのではないか。
 もちろん社会福祉の正体がどんなものであったとしても、現場で障害を持つ人に関わる人は、その人を大切にし、その人の幸せのためにベストを尽くしていてほしい。このことはその手法としての社会福祉がどのようなものであったとしても必要なことです。
 しかしそれだけでは足りないし、あまりにも危険が大きい。社会福祉が人ではなく社会を守ることを最大の目標として障害福祉を行っているのだとしたなら、どうしても障害者の存在が社会を脅かすようになった時、とりわけ経済的理由においてですが、社会が障害者の生殺与奪権を行使しないという保障はないのです。いや、むしろ積極的に社会福祉はそれを行うのでしょう。それこそ「社会のために死ぬことや、生まれてこないことは、障害者にとっても尊厳に満ちあふれた、幸せなことなのですよ」というようなプロパガンダをともなって・・・。
 こうしたことが冗談ではなく起こり得る現代において、社会福祉としての障害福祉を仕事とする人たちの多くが、社会福祉の正体を知らないまま働いているということが、僕には恐ろしく思えるのです。「社会福祉は、障害者の人を幸せにするためにあるんだ」と信じて障害福祉の道に入って来たのだとしたなら、先のプロパガンダを簡単に信じてしまうのではないか。
 渾身会の場で福富さんと交わした会話から、こうしたことを思い浮かべています。
 整理すると、
 社会福祉としての障害福祉の仕事に関わる人たちには、その方法である社会福祉が本当は何を目的としているのかを、ちゃんと伝えなければならない。あるいは、そうした人たちと考えていかなければならない。
 そして、どのように彼らにそれを伝え、また、それらを共に考えていく場を作っていくのか。その有効な方法を、考えていかなければならない。
 3月8日スピンオフ京都の中では絡み合うことのなかった問題ですが、今後、最重要なテーマの一つであるように思います。

※『NPO法人 まーぶる』さんのホームページは下記の通りです。
http://marble2009.org/index.html
posted by 五十嵐正人 at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | スピンオフ企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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