篠原さんのお話しから、特に議論を深めたいと思ったことが、二点ありました。一つは「尊厳」について。そしてもう一つは「相談」についてです。この二つのことは、障害福祉を考える上では、密接に関わり合っていることです。本当なら両方を同時に考えていくことが必要なのかもしれません。じっさい、篠原さんのお話しを聴いていると、篠原さんの中ではこの二つのことが切り離されずにあるようでした。篠原さんが「相談」を語る時、そこに「障害者として生きるための」という形容詞を感じないのは、「人間の尊厳」への強い意識があるからなのでしょう。
しかし、ここでは「相談」という切り口から見えてくる、積み残しのテーマについての掘り下げにとどめたいと思います。僕自身の力不足によるところです。
まず僕の考える「相談」について明らかにします。僕は、障害を持つ人に対しての制度的な「相談」の事業は、障害者を管理する危険な装置の一つだと考えています。その時々の社会の要請に合うように、鎖の材質や太さなどを決めて現場の執行人に渡し、それを障害者の足につけさせるのが制度的な「相談」の正体だと思うのです。
ずっとむかし、措置時代に役所のケースワーカーが行った仕事と、それは同種のものだと言えるでしょう。当時の役所には、究極の障害者福祉サービスの手段として、施設入所というのがありました。場合によっては、それしか方法を持っていなかったとも言えます。ですから、障害を持つお子さんの将来への心配や、自分自身の健康の不安などを相談にきた親御さんに対して、彼らが具体的に行うことができる最終的な対応は施設入所を納得させることだけでした。
このことは、今の制度的な「相談」事業者についても同じです。責任ある対応とは、多くの場合、その時存在している公的な社会資源に当てはめる、ということでしかないのですから。そのとき、そこに存在していないが必要な何かを、共に見つけていこうとか、作り上げていこうとかという意思は、およそありません。
つまりそれが、障害者を障害者として生きさせる鎖をつける、制度的「相談」事業者の正体なのです。
もしも、障害を持つ人が「僕はあなたと同じように、結婚して、家族をもって普通の家で暮らしたいのです。どうしたらよいでしょう」とか、「あなたはグループホームに住んでいないのに、なぜ、僕にグループホームを紹介するんですか? 僕は、あなたと同じ人間として生きたいのです」とか、「どうして僕は生きるために区分判定を受けなければならないのですか? あなたと同じように、他人に区分されない生き方をしたいんです」というような相談を受けた時に、制度的な「相談」事業者は、明確な答えをだせるのでしょうか。福祉の世界で格好よく言われている「本人主体」や「本人の立場にたって」という言葉を裏切らずに、彼らの「あなたと同じ人間としての暮らしをするのには、どうしたらよいですか?」という「相談」に対して、どうこたえるのか。
こうした思いを持つあたり前の人に対して、その人が「いかに障害者であるか」を伝え、「障害者であるあなたには障害者としての生き方をすることがとっても幸せなのだ」と言いくるめる。それが社会の要請にしたがった制度的な「相談」事業者の究極の仕事なのだと、僕は考えています。
実際に、こうしたことを相談事業をしている人に尋ねてみても、ちゃんとしたこたえが返ってきたことはありませんでした。多くの「相談」事業者が、彼らが自分と同じような生き方を望むとは、夢にも思っていない。そしてそんなことは考えたこともない。まるで、「障害者として生きたくないのなら、自分のところには相談に来ないでくれ」とでも思っているような・・・。
こんなふうに制度的な「相談」事業者を理解している僕には、篠原さんははじめて会うタイプの「相談」事業者でした。
「制度にのらないところは、やるんです。やっていった結果がいろんな仕組みになっていけばいい。それでも漏れ落ちていくところがある。それをまたやっていけばいい」
スプンオフ京都での篠原さんの言葉の要約です。
これは岡村重夫が『社会福祉原論』の中で書いていることに繋がります。少し長くなりますが、引用しましょう。
「法律による社会福祉」が法律の枠にしばりつけられて硬直した援助活動に終始しているときに,新しいより合理的な社会福祉理論による対象認識と実践方法を提示し,自由な活動を展開することのできるのは自発的な民間社会福祉の特色である。それは財源の裏づけもなければ,法律によって権威づけられた制度でもない。しかしそのようなことは自発的な社会福祉にとって問題ではない。問題なのは,その社会福祉理論の合理性に裏づけられた新しい社会福祉的援助原則を,たとえ小規模であっても,これを実証してみせることであり,また「法律による社会福祉」の側がこれを謙虚に受けとめて法律を改正し,その時々の社会福祉全体をいかに発展させるかということである。「社会福祉原論」(岡村重夫 全国社会福祉協議会 1983年)より
まさに、篠原さんが言っていることはこれなのだと思います。これが無かったら、社会福祉は永遠に厚生労働省の会議室の机の上で作られ続けるのです。
僕はスピンオフ京都の中で、「発見から発明」へと言いましたが、今のままでは本当に社会福祉は、「発明」されるだけのものになってしまいます。社会にとって、どのような障害者の生き方が有益かという「発明」・・・。
しかし、本当に必要なのは、障害を持つ人達の暮らしの「発見」です。そして、そのためには篠原さんが言っていた「制度にのらないところは、やるんです。やっていった結果がいろんな仕組みになっていけばいい」が必要なのでしょう。
しかし、このことはそう簡単ではありません。僕らは「ばおばぶ」という制度外の事業を行っています。でも、これは「相談」ではなく、日常生活の直接の関わりの部分です。制度としての生活支援が「法律の枠にしばりつけられて硬直した援助活動に終始しているときに」、「ばおばぶ」の制度外の取り組みは篠原さんの指摘する効果を持つだろうと思います。
では、「相談」について、これはどのように行われるのか。篠原さんが言っている「「制度にのらないところ」が、つまり「あなたと同じように人間としての暮らしをしたいのです」であった場合、「相談」事業者はどのように「やっていく」のか。
このことを、篠原さんと考えたいというのが、僕にとっての、スピンオフ京都での大きな積み残しテーマの一つです。
「相談」を仕事としていない僕の場合には、たとえば裕子さんとの「一緒に暮らそうぜ」という答えが一つあります。彼女において何らかの困難が生じた時、その困難は彼女だけのものではありません。一緒に暮らす僕らは、少なからずその困難を共有しているのです。ですから僕は、彼女からは「相談」を受ける立場ではなく、彼女が持った困難を多くの場合一緒に困難を引き受けることになるのです。ようするに「相談」という現象そのものを、僕らの一般的な暮らし並に消していくこと。考えてもみてください。僕らは日常的に、あんなに誰かに(特に「相談」事業者に)あれこれ「相談」するでしょうか?
しかし世の中には「相談」という事業者が存在しています。そして現在の社会福祉は少なからずその「相談」事業者の洗礼を受けなければ利用できない仕組みになっています。その時に、「あなたと同じ人間として生きたい」という相談に対して「障害者として生きなくてもよい、自分と同じような生き方をしてみませんか」と回答することは、どのようにあり得るのか!
「相談」という事業は、スピンオフ京都のテーマであるところの「誰もが解放されるために!」の、とても重要なポイントなのだと思います。
その人を人として逃がすことができる相談員なのか、それとも障害者として鎖をつける相談員なのか。
篠原さんは、自己紹介のところで、前職が教員だったこと、そして西洋哲学を学んでいたことを話していました。そういう経歴が、篠原さんに「人間」であることの「尊厳」を意識させているようにも思います。もちろん、それだけではないのでしょうが・・・。
ところが、「相談」支援の事業が制度化されていくことで、まるでものを考えないでただただ制度に人を当てはめていって、制度のマニュアル通りに有益な障害者を生産していくだけの「相談」支援者が増えていきます。その仕事はマニュアル(成文化されていないにしても)通りにすればいいだけなので、稚拙な人生経験とそれによる粗雑な「尊厳」意識しかないような若者が、新卒ですぐに「相談」に配属、などということも出てくることでしょう。
そうなった時に、「制度にのらないところは、やるんです」は、どのように可能なのか。
そして、僕らはそのために何を、どうしたらよいのか。
「相談」における「制度にのらないところは、やるんです」の具体的な形を、僕らは見つけ出さなければならないのでしょう。

